帰ってもらいたい気持ちと、このままここにいて欲しい気持ちがないまぜになりながら、眠った翌日。目が覚めて一番にパソコンを立ち上げる。
(早く、探そう)
これ以上、彼をこの世界に残していてはいけない。でないと、いつか――行かないで、と言ってしまいそうな気がする。
ぶんぶんと頭を振り、パソコンと向き合う。そこで、『新着メール』という表示がついていたことに気付いた。もしかしたらゲーム会社からの返事かも、と慌てて受信フォルダを開くが、すぐにありふれた出会い系迷惑メールのタイトルが画面を占めた。どこかからメールアドレスが漏れたのだろう、適当に振り分けながら溜息を落とす。
「『すぐ会えます』とか『身近なところで繋がりたいんです』とかもうね……二次元越えられるなら幾らでも出会い系してやりますよ……」
くそう、とぼやきながら全てを拒否設定し、パソコンの検索窓を開く。とりあえず「二次元 行き方」をグーグル先生にお願いしてみる……が、当然有益なそれが出るわけがない。自分としては大変真面目に検索しているつもりなのだが、きっとグーグル先生も呆れていることだろう。
一通り確認し、次に「異次元 行く方法」で調べてみる。その時、同じくようやく起きだしてきた紺野が居間に姿を見せた。起きてすぐだろうのに、相変わらずの爽やかさで三次元の自分としては泣きたくなる。
「あ、おはようございます」
「うん。おはよー」
「……昨日は、すみませんでした。その、……忘れて下さい」
その言葉に昨日の夜景がよみがえる。寂しそうな横顔、引きとめたくなる衝撃、その全てを飲み込み、彼女はいつものように笑った。
「……それじゃ早く帰る方法を考えましょうか」
「……はい」
「で、とりあえず色々調べてみたんですけど」
パソコン画面を覗き込んでくる紺野の横で、カチカチとクリック音を響かせ掲示板を表示させる。それを見ながら彼もまた「あ」と短い声を上げた。
「これはどうなんですか?」
「ん……ええと、『エレベーターを使って異次元に行く方法』まずは……ってこれ先輩なんか怖いですよ!」
「そ、そうなんですね……あ、じゃあこのアローの呪文っていうのは」
「月の出ている夜に五日連続……今日からしばらく曇りの予報が出てますね…」
どれもこれもおまじないやオカルトの域を出ず、おまけにときメモの世界に帰れる保証はない。うっかり天人のいる江戸とかに運ばれてしまったらどうするのか。「トシイイイイイ!!」と叫んだらいいじゃないとかそういうことじゃない。
ううんとうなりながらDSの電源を入れる。セーブデータを見てみると、不思議な事にクリアしたはずの紺野のスチルやエンディングが見当たらない。それどころか、不自然な枠が一つ残っているだけだ。
「本当に紺野先輩の存在がまるごとこっちに来てるんですねー」
そういえば昔某猫型ロボットの漫画で、本から出てきた動物を本でべしっとつぶすと再びそのページに戻る、というひみつ道具があった気がする。ものはためしとばかりに横に座って未だ検索を続けている紺野の頭に開いたDSを乗せてみる。
「……あの、これは……」
「うーんだめか……あ、手はどうだろう」
されるがままの紺野の手を取り、タッチ画面に押し付ける。普段はタッチされる側の紺野がタッチしているというなんとも訳の分からない状況に何故かときめくが、やはり薄い液晶は僅かににたわむだけで、びくともしなかった。二次元の壁は薄くて厚い。
「やっぱりハンマー買ってきて割るしかないか……」
「お、落ちついてください…! それよりあの、これ、メールはこれを使えば良いんですか?」
「メール?」
見ればトップぺージの右端にあるメールに指さしのマウスポインタが合わせられている。
「良いですけど一体どこ、に…… あ!」
「はい。設楽の携帯に送れるかもしれないと思って」
設楽先輩のメルアドなにそれ欲しい、ではなく、確かにやってみる価値はありそうだ。紺野もそう思ったのか、承諾を受けるとすぐに送信用のメールを作っていく。
アドレスも直に打っているので覚えているのかと聞いたところ「あいつよく自分のアドレスの見方が分からなくて聞いてくるんですよ」と苦笑していた。そうこうしている内に本文を入力し終え、一拍置いて「送信」のボタンを押す。
「……」
「……」
薄青緑の円がくるくると色を変え、しばらく流れる時間。だがその直後「送信完了しました」の文字が現れた。
「や、……!」
「送れ た…」
「やったー!!」
紺野の方もまだ信じられないというように唖然としていたが、彼女もまた驚いていた。はばたき市が一体どこのプロバイダと契約を交わしているのか不明だが、全く連絡の取りようがないと思っていた中、ようやく一条の光明を見出したのだ。
とりあえず設楽先輩からの返事を待つ。
「……」
「……」
三十分が経過。だが設楽からの返事はまだない。
「……気付いてないんですかね」
「設楽は打つのが遅いので……ううん」
更に待つこと三十分。もしかしたらうっかり同じメルアドの人がいて、たまたま送信されたとかではあるまいか。だとすればどんな電波メールかと思われたのだろうか。最悪受信拒否リストに織り込まれるだけか。
なおも時間は過ぎ、やはりだめだったのかと二人が肩を落としかけたその時、見慣れたメール受信のメッセージが画面に突如として現れたのだ。
「き、……」
「来ました…!」
震える手で未開封のメールを開く。そこには文字ばけしてよく分からないアドレスと紺野がうちこんだままのタイトル。そして、
『おまえ とこにいるんた』
「……」
「……濁点の打ち方教えたのになあ……」
設楽からの短い本文がつづられていた。