>> ただいま、おかえり


 薄いオレンジのベールを幾重にも重ねたかのような空を見上げ、琉夏は一つ瞬きを落とした。海岸からの風が汐の匂いを運んできては、その長い髪をもて遊ぶ。
 卒業後、westbeachを離れてから、また新しい居場所が出来た。古くて、屋根も壁もボロボロ、必要なものはまだ殆ど揃っていない。

(今度の休みは屋根を塗り直さないと)

 さらさらと流れる前髪の奥から、夕日に照らされた薄紅色の海面を見つめる。
 あの日westbeachの二階から眺めたそれと同じ。だが今、あの時とは違うものも多かった。
 コウと分かれた道、なくなった二人の家。失ったものが多かった代わりに、ひとつだけ得たものがあった。

(はやく、帰ろ)

 海を見ていると、綺麗で静かですごく優しくて、もしかして俺、このままずっと幸せでいられるんじゃないかと思ってしまう。ずっと、ずっと、あいつと一緒に。
 そうやって一瞬浮かんでしまう未来の幸せの姿が、まだ少し――怖い。

 幸せな時間は本当に突然いなくなるから。
 もしものことは、あまりにも無慈悲に襲ってくるから。
 
 わずかに生まれた不安にかられ、足を早める。俺の帰る場所。新しくできた俺の居場所。最終的には走るような速度になり、塗り変えたばかりの玄関の扉を開ける。



「――ただいま」

 おかえり、とあいつの優しい声が返ってくる。――はずが、今日に限って何故か静寂が返事をよこした。
 一瞬きょとんと思考が止まる。そのまま台所、浴室にと移動するがやはり求める姿はない。ざわり、と腹の奥で嫌な予感が首をもたげ、たまらず二階へと駆け上がる。

「ただいま! ――ただ、……」

 だが二階にも彼女はおらず、きしきしと音を立てる古いベッドと小さな戸棚。その上にはコウと三人で撮った写真が飾られていたが、その部屋の主だけがぽかりとその存在を欠いていた。
 どこに行ってしまったのか。いつもこの時間は台所にいて、俺が帰ったらおかえりって笑って出迎えてくれて。それなのに、



「――どこ?」

 俺の家、こんなに広かったかな。こんなに静かだったかな。
 更に二三彼女の名を呼ぶも、やはり返事はない。足音も、息づかいも、一人分しか聞こえない。
 ぞわ、と寒気が背を走る。喉から声が出ない、体の芯ががちがちと音を鳴らして縮んでいく。そして蘇る、嫌な記憶と

(もしものことは、――)





 
「琉夏くん?」

 ゆっくりと顔を上げる。

「琉夏くん、どこ?」

 階下で聞こえたのを確認すると、階段を無視し二階の手すりから体を乗り出し、飛ぶ。
 不思議と緩やかに感じる落下時間、眼下に彼女の姿をとらえた。上を向き、突然飛び降りてきた俺の姿に目を真ん丸にさせている。

(あ、なんか、懐かしい)

 昔もやったっけ、女子から追いかけ回されて校舎から飛び降りたら、丁度今みたいな顔したお前がいて。
 そのまま地面に着地し、跳ね返るような勢いで彼女を抱きしめる。わ、と短い声と共に近所のスーパーの袋が転がった。

「びっくりした……足、大丈夫?」
「ん、少しジンジンする」

 答えながらぎゅうと腕に力を込める。柔らかくて、華奢で、弱くて、それなのに今もこうやって俺を受け止めてくれる。

「ごめんね、シャンプーがなくなったから買いに行ってたの」
「そうなんだ……帰ったらいないから、俺、……何かあったのかと思って」

 その言葉に彼女はしばらく黙り込み、その体勢のまま腕を回してよしよし、と彼の金髪をなでた。するとそのまま甘えるように首をもたげ、彼女の首に唇を寄せてくる。

「ちょ、こら!」
「ダメ?」
「……ご飯食べてないでしょ?」
「ご飯よりこっちがいい」
「好きなもの作ってあげるから!」

 じゃあホットケーキ、と微笑む琉夏の姿を見て、彼女はようやく罠にはめられたことに気付いた。





「あの、琉夏くん」
「なに?」

 知能犯の策略により山と重ねられたホットケーキを前に、彼女の困惑した声が聞こえる。

「ちょっと、いやかなり食べにくいんですけど……」
「そう? はい口開けてあーん」

 あーん、と差し出されたホットケーキを食べながら、居心地悪そうに身を捩る。それもその筈、一つの椅子に琉夏が座り、その腕の中にすっぽり収まるように座らされていたからだ。
 二人羽織りよろしくホットケーキが切り分けられ、口に運ばれていくのを雛鳥のように食べさせてもらう。正直かなり恥ずかしい。

「……琉夏くん私一人で食べれるから」
「ダメ。俺に心配させた罰」

 だってシャンプーが、と反論しようとした時、ホットケーキが口に入り損ねぺしゃりと落ちてしまった。幸いというか不幸というか、床ではなく服の前を汚している。

「やっ、……ほらふざけるからもう」
「ゴメン。服大丈夫かな」

 言いながらフォークを食卓に置き、脇からするりと手を差し込む。薄い腹を撫で、手首を返すようにしてシャツの下の胸を確かめた。

「ちょ……そこ関係ないよ!」
「あれ? そうだっけ」

 制止の声を右から左に聞き流し、後ろから首筋に口づける。たわむ胸の下に手を差し入れると下着の隙間にするりと入り込み、軽く揉みあげる。ひゃ、と逃れようとする彼女を追うように手を上へと滑らせると、するんとはじけるように下着が乳房の上に押し上げられた。

「やっ…!」
「なんか、甘い匂いする」
「だからさっきのホットケーキのはちみつが……ひゃっ」

 露わになった胸をふにふにと弄ぶ。琉夏の長い指の合間から白い肉がはみ出し、薄いシャツの下、全く遠慮なしに琉夏の両手がうごめく。

「も、話がちが」
「言ったよ? ご飯よりこっちがいいって」

 そう耳元で低く囁くと、一方の手を彼女の背にもう一方を膝下に入れ、そのまま立ち上がる。いわゆるお姫様だっこ。
 昔一緒にかくれんぼした時の繊細な印象が強い琉夏だったが、軽々と自身を運んでいくその腕を見て、改めて自分の幼なじみが男性のそれであったことに気付かされる。

 ゆっくりと下ろされたのは琉夏がいつも使っているベッド。年季の入ったそれに背を預けると、器用にはちみつまみれのシャツと、不恰好に鎖骨でとどまっていたブラも脱がされてしまう。

「ん、まだ甘い匂いする」

 のしかかるように彼女のホットパンツに手をかけ、同時にまだ少しはちみつの付いた胸の上あたりに舌を這わせる。先の方からひたり、と接地していき、まるで子猫がミルクを飲むかのようなたどたどしさではちみつをなめ取る。

「やっ……」
「やっぱり甘いよ、お前。他のところも甘いの?」

 再び舌が降り、今度はその頂点で硬く存在を主張していたピンク色の突起にちょんと触れる。そのままちゅぽ、と唇で吸い上げるとくわえたままの咥内で、舌先で掠めるように往復した。
 その絶妙な刺激にもう一方の突起が反応すると、そちらは胸全体を手のひらで包み込むように撫で、時折親指の腹でくいくいと押し込んでくる。同時に、口に含んでいた乳首を、赤ん坊が母を求めるかのようにんく、と吸い上げる。

「あれ? 何も出ない」
「ふぁっ……も、出るわけ、ない…!」

 ちぇ、と小さく笑うと今度はするすると腹を、へそを経て、ホットパンツとショーツをずらした後の茂みへとたどり着いた。
 彼女がひゃ、とか声をあげるのにも構わず奥に隠された割れ目を探し出し、にゅ、と舌を進入させた。むわりと独特な雌の匂いと共に、くちゅりと水音がおこる。

「や、…! だめ、るかくん、やっ」

 初めての感覚に怯えたのか、彼女は上体を起こし拒むように琉夏の頭に手をかけた。必死に逃れようと腰をずらしたり、引き離そうと力を加えるが、緩やかな金髪がくしゃくしゃとなるばかりで、全く抑止力がない。それどころか、そのわずかな抵抗が琉夏の対抗心に火をつけてしまったのか、より強い力でしゃぶりつくように吸われてしまう。
 自身の足の間から見え隠れする白くて広い肩。太ももの内側をすべらかなその金の髪がくすぐる。その舌での愛撫を終えると、琉夏はようやく体を起こし、手の甲で唇を拭いた。

「……ん、やっぱり、甘かったよ」
「ね、もう……やめよ? まだ明るいし……」
「ダメ。言ったろ? 俺を心配させた罰だって」

 言うが早いか、彼女の腰を掴むと自身の方へ引き寄せ、いつの間にか開かれていたジーンズの前から、吃立した肉棒を取り出して秘裂に突き立てる。そのままずゅくり、と最奥まで侵入させたかと思うと抜き、再び勢い良く掻き入れる。
 乱暴でただがむしゃらに彼女を求めるその動きは、まるで捉えた獲物を逃がしまいとする獣のように。そして彼自身が求めている何かをただ闇雲に探しているようにも見えた。

 ひ、あ、と彼女が短く悲鳴を上げるのにも構わず激しく上下を繰り返す。古いベッドがその動きにあわせてギシ、ギシと音を立てるのがまた興奮を誘う。
 押し入れては腰を揺さぶり、小さくて柔らかい彼女の体を責め立てる。組敷いた胸の下で泣くそれを、守りたいような、壊したいような不思議な感情で見つめながら、膨張しきったそれを無理やり突き刺すと、堰が壊れるようにびじゅ、と彼女の膣内に彼の白濁がこぼれた。









「……」
「ねえ、そんなに怒らないでよ」
「……」
「ゴメン。もう意地悪しない」

 すっかり暗くなった外に目をやり、未だ不機嫌そうにホットケーキの乗っていたお皿を洗う彼女に視線を戻す。

「じゃあ罰として明日から一週間琉夏くんがご飯当番」
「ホットケーキしか作れないけど、いい?」

 もう、と口をつぐんでしまった彼女が可愛くて、流し台に立つその背中を後ろから抱きしめる。
 俺の体にすっぽり収まる小さな体。それなのに、いつだって俺を抱きしめて、受け入れてくれる。その強い力はこの細い手足の一体どこに収まっているんだろう。

「――おかえり」

 言っていなかった言葉をようやく口にする。
 そう言うと俺の帰る場所はゆっくり腕の中で俺の方を振り返り、下から背伸びするようにキスしてくれた。


 俺は、幸せになっていいんだろうか。 ――僕は、もう、誰かを大切にしていいんだろうか。


(了) 2010.07.15

途中から脳内で「あまーい!」しか感想が思いつきませんでした。誰だスピードワゴンの小沢さん呼んだやつ私だ


 
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