車で30分。駅前からほど近いそのビルを、背の高いジャージの青年が興味深そうに眺めていた。

「よしとりあえずここで揃えましょう」
「あの、ここは……」
「大分パルコ。フォーラスは女物が多いし、パークもあんまないし」
「……ええと」
「……ごめん地元ネタだった」

 ちなみにフォーラスの本屋は大分一だと勝手に思っている。そんな思考は置いておいて、目立つ長身を引き連れてはメンズのあるフロアへと移動する。彼女自体あまり来慣れている場所ではないから、何だか新鮮というか気恥ずかしいというか。

「サイズが違うといけないからとりあえず色々試着して、何着か買っておきましょう」
「あの、すみませんほんと……」
「後から千葉さんの声で『トッシィィイイ!』て言ってもらえれば無問題です」

 え? ときょとんとする紺野の背を押し、ほらほらと店に押し込む。それで聞くのを諦めたのか、大人しく服を選び始めたのを確認しては、邪魔にならないよう彼女も服を眺め始めた。
 男性物は普段あまり見ないが、こうして棚に並んでいるのを見ていると、色々着せてみたい! という要求に駆られてしまう。紺野であれば丈の長いロングコートも着こなせるし、あるいは逆にショート丈のPコートも可愛いかもしれない。想像だけでにやにやする。
 
「あの、これでお願いします」
「あ、はい、決まりま――!?」

 試着室近くで紺野に呼ばれた気がして、しまりない顔をキリッとさせたのち振り返る。だが、その一揃えを見てわなわなと震え始めた。ボトムスは普通のチノパンだが、春の私服を彷彿とさせる大きめ丈の小花柄のシャツがインされている。おい待てこの店にこんなシャツあったのか。

「どこでそんなシャツ見つけてきたんですかー!」
「え、いや、色が良いかなと…」
「というかシャツinしない! 大体寒いでしょそれだと!」
「ああそれなら」

 嬉しそうに笑いながらピンクのベストを着始めた時、突然うるさくも無い微妙な音量でどこからか「テーゥン」という物悲しい効果音が響いた。滅多に聞かないこれは一体。 

「……あの、紺野先輩、この音は一体……」
「あ、僕たちの世界では、服を着た時組み合わせによって色々音がするんですけど、こちらの世界ではそういうのないですか?」
「ないです。というか、いつもこの音なんですか?」
「いえ? テラリー、みたいなのとか色々しますけど、春はよくこんな音がします。何が違うんですかね?」
「……今度からこの音がした時は、服の組み合わせ変えた方がいいと思います。というか店員さん! 店員さんを!」


 言えない。それ、デンジャーの組み合わせの時の効果音なんて言えない。

 でもちょっと便利だよなあ、などと思いながら店員さんを呼び、紺野を前にして似合いそうな揃いの相談を始める。まさに鬼気迫る勢いで服を選び始めた彼女と、背も高くまさに磨けば光る逸材に出会った店員との嗜好が合致したのか、あれこれと審議を始める姿を、紺野はびくびくと引きつった笑いを浮かべて見ていた。

「やっぱり中はシンプルなVネックのカットソーでファー付ミリタリーとかですかね」
「いやいやここは意外とライダースのPジャケとかで」
「そうなれば足元はカーキのカーゴより細めのですね分かります」
「……あの……」
「あああこうなればいっそダッフルも着せてみたい!」
「小物も揃えます!? 今年スエードエンジニアブーツの良いのが入ってて」
「よしそれ行こう。履かせよう」
「はは……」

 店員と紺野玉緒完全改造計画を満足したように語り終え、何故か固い握手を交わす二人を、どこか遠い目で眺めていた。




 取り急ぎの服も揃い、今日の用事は終了。時間を見ると丁度昼を少し過ぎたあたりだ。

「昼はもうどこかで食べてしまいますか」

 そうですね、と穏やかに賛同する紺野を見上げ、堪え切れない幸せ感を噛みしめる。シンプルながらも綺麗なラインで揃えた一式を着た先輩はやはり見目が良く、気のせいかすれ違う人がみな紺野を見ているような気がして、選んだこちらも鼻が高い。……別に私が自慢することでもないのだが。
 適当な喫茶店を探し、カラコロと音をさせながら扉を開く。中からは挽きたてのコーヒーの香りが漂い、お腹がくうと小さく鳴った。

「せっかくだから、好きなもの食べて下さいね」

 はい、とメニューを渡し自身ももう一冊のメニューを眺める。からあげ定食美味しそうよしこれで、と早々に決めてしまい紺野の方を見ると、写真を見ながらなにやら悩んでいるようだった。

「何か悩んでます?」
「ああ、その、この写真の『からあげ定食』と『とり天定食』の違いが分からなくて……」
「ああ、からあげは味付けて揚げた鳥で、とり天は味なくて揚げた鳥です」
「……それ、両方鳥の空揚げじゃないんですか?」
「違いますよーよくごっちゃにされますけど全く別物です。ちなみに『まぐろ丼』と『ひゅうが丼』と『りゅうきゅう丼』も全部違います」
「……?」

 ほら、と定食を指刺しながら解説されるが、正直鳥の空揚げの名前を変える理由が分からない。というか喫茶店に定食あるのは普通なのか。
 世界の違い以上に、地方の違いを実感しながら、結局とり天を頼んだ紺野と仲良くおかずを半分こし、もぐもぐと嬉しそうに食事を終えると今日はそのまま家へと帰ったのだった。



 
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