「いや、もう、ほんとにそこまで迷惑かけられないので…!」
「せせせ先輩落ちついてください! 大体よそに泊まるって言ってもリッチは使えないんですよ!」
え、とまたも驚いた顔を見せる。使えないも何も海パン一丁で来ているから、そもそも財布がないだろうと思ったがそこは黙っておく。
「だって、年上の女性の部屋に泊まる、なんて」
「じゃあほらこうしましょう、先輩はベッド使ってもらって私はあそこにあるソファ使うので!」
「そ、それなんかおかしくないですか!?」
「だって紺野先輩をそこらにころがしとくなんて恐れ多すぎて…!」
あわあわとジェスチャーを交えお互い「どうぞどうぞ」と某ダチョウ倶楽部状態になっていたが、たまらず紺野の方が吹き出した。
「……じゃあこうしましょう、この部屋の主は貴方なので、貴方がベッドを使ってください。で、僕はあっちのソファを使う、これじゃだめですか?」
ね、と友好立ち絵そのままの微笑を浮かべられて断れるはずがない。おい者どもタッチペンを持てい、という幻聴を必死に振り払い、顔を上げた。
薄暗い部屋に、窓から僅かに月の明かりが漏れ入っている。静けさが逆にしんしんと騒がしく聞こえるようなその空間で、彼女は一人息を潜めていた。
(眠れない……)
同じ部屋のすぐそこに、紺野先輩が眠っている。しかも三次元。さきほどまで完全に混乱していたが、よくよく冷静になって考えて見ればとんでもない状態ではなかろうか。
「……あの」
「……はっはい!」
やめて突然の千葉進歩やめてほんと心臓に悪い、と言う訳にもいかず、突然話しかけられたことにどきどきしながらも横になったまま返事をする。ソファの上でギシ、と紺野が仰向けに体を返したのがわかった。
「その、本当にありがとうございます……突然こんなことになって、泊まるところまで」
「いやもう全然! それより本当に会えるなんて思いませんでした」
大好きだったんですよーと呟いたところで、はた、と気付く。
「あ、いえ、そういう意味ではなくですね!」
「えっ? すみません、よく聞こえてませんでした」
「……」
2の主人公かこいつ、と思いながらも聞こえていなかったことに安堵する。ゲームのキャラとして好きだと公言するのは自由だが、三次元になった相手に言っても困らせるだけだろう。おまけに自分とは別の「後輩」が、元の世界にいるのだから。
「……早く帰る方法、見つかるといいですね」
「……はい」
小さい応答が聞こえ、しばらくすると静かな寝息が聞こえてきた。流石に疲れたのだろう、と頬笑み彼女もまた目を閉じた。
――何だか弟が帰ってきたみたいだった。
翌日もやはり紺野はそこにいた。眠たそうな眼を擦りながら、彼女の顔を見つけてはふや、と笑う。
「おはようございます、昨日は本当にすみませんでした」
「……リピートアフターユー」
「……え?」
「すみません千葉さんの声でもう一回おはようございます下さい」
おはようございます、とこわごわ繰り返す姿に満足し、とりあえず遅めの朝食をふたりで食べる。土曜日の今日は仕事も休みだし、明日との二日あわせて彼を元の世界に戻す方法を探さなければ。
「えーととりあえずどうしますか?」
「うーん……と言っても、僕の方はどうやって来たのか全く記憶に無くて……」
「ですよね…」
少し焦げた卵焼きを口に運びながらううんと考え込む。とりあえず大元に聞いてみるのが先か、何にせよ戻るまで少し時間がかかりそうだ。最悪の場合、戻れないこともありうる。
「あまり考えても仕方ないですね、とりあえず今日は先輩の服を揃えに行きましょうか」
「え、いや、流石にそこまで迷惑は」
「海パンで歩くつもりですか」
「……すみません……」
我が家には今着て貰っているジャージ以外紺野の着れそうな服はない。出歩いたり、長丁場になるのなら、それなりに準備は必要だろう。
早々に朝食を終え、外出しようと準備をする。パフスリーブのTシャツにフレアのミニスカート、オフホワイトのロングニットのカーディガンを羽織り、部屋で待つ紺野に声をかけた。
「すみません、お待たせしました」
「それ、いいですね」
「……はい?」
「服だけじゃないですけど、すごく似合ってます」
しばしの沈黙。ほんとに言うんだ。
「あの、……どうかしましたか」
「いや……あれですか、小学校の段階で『女性が服を着たら褒めましょう』みたいな教育をされてるんですか」
はい? と疑問符を浮かべる紺野をよそに、とりあえず駅前まで車を走らせることにした。