「えっ、あの、すすすみません、僕あの」
「どどどどうでもいいですから早く出ていや出ないで違うえええ!?」

 混乱した勢いのままドアを閉め、後ろ手でぜんはあと息を吐く。一体何。泥棒? 半裸で? ていうか風呂場に?
 と、そこまで考えてようやく感じていた違和感の正体に気付いた。

(……どこかで…)

 あの変態をどこかで見たことある気がしたのだ。黒い髪に眼鏡、緑に近い横幅のある目に、緑の水着。何だろう何だろうと必死に頭をひねる。そこで突如全ての謎が繋がった。慌てて閉めていた浴室のドアを開く。

「あの、紺野先輩ですよね!?」
「ちょっ、えっ、何で僕の名前」
「ってあああすみません何も見てません画面から見えない立ち絵の下とか見てませんから!」
「いやあの自分で言うのもあれなんですが怪しいものじゃないので――ああ閉めないで!」

 開けた瞬間、浴槽から出てきていた紺野先輩の姿が目に入り、再び顔を真っ赤にしてドアを閉める。閉めだされた紺野の方もパニックになっており、お互い完全に混乱しきったその場は阿鼻叫喚の地獄と化していた。





「と、とりあえずお茶どうぞ…」
「あ、ありがとうございます……」

 あれから三十分近く狭い風呂場で騒動していたが、ようやく二人とも事態を察したのか、居間で状況の確認を始めていた。何故か絨毯の上で正座で向かい合っている。
 あつ、と言いながら湯のみを傾ける紺野の姿を覗き見ながら、改めてその存在を再確認する。

(本当に立体だなあ……)

 二次元のものが三次元になると多少変わるところがあるものだが、目の前にいる紺野はまさに「現実にいたらこんな感じ」を完全再現したものだった。
 流石に水着一枚では可哀想だと思い着替えを探したのだが、当然ながら男物の服はなく、仕方なくジャージを着てもらっているが、大変シュールである。おまけに意外と睫毛長いとか、息遣いとか、手が男の人のそれだったりと、平面だった頃より新鮮な発見が満載だ。

「……あの、僕の顔に何かついてますか…?」
「へ!? あ、いえ、三次元だなあって」

 え、と紺野の動きが止まる。しまった、失言だ。

「え、えーと、紺野先輩はどうして私の家の風呂場におられたんですか?」
「それがその、ええと、なんと言ったらいいのか……僕はただ、後輩の子と温水プールにいただけで……」

 後輩の子、の単語にピンと反応する。なるほどどうやら向こうの世界に主人公がいて、温水プールデート中だったようだ。場所判定××なのによく来たなこいつ、……ではなく。

「気づいたら、ここにいた、と」
「信じられないですよね……やっぱり」

 信じられないが、いわゆる逆トリップというやつだろう。二次元のキャラクターがこちらの世界に来る、よく想像で考えたりはしたがこうして現実に来られてみると意外と自然に対応出来……る訳がない。

「まあ普通そうですよね」
「……」

 あ、やばい落ち込んでる。三択間違えた。
 あわあわと言葉を考えるが、とりあえず今の状況を説明しなければなるまい。

「ええと、貴方は間違いなく紺野玉緒先輩、ですよね」
「え、あ、はい……あの、どうして僕の名前を…?」

 どうしたものかと考え、そう言えばと教科書――俗に言う攻略本を手渡す。表紙にはキラキラしたハートモチーフの中央に大きくゲームのタイトルが書かれていた。
 その分厚い冊子を開き、桜井兄弟青春組とページをめくっていきある一ページを開いて見せた。そこには「先輩達の絶妙なかけあい」と書かれたキャラクター攻略が掲載されていた。

「これです」
「……」
「信じられないと思いますが、先輩はおそらくこのゲームの世界の方なんです」
「……」
「信じられないとは思いますがこのように先輩のワードローブも全て網羅されており……」
「え、ちょっ何で僕の服がわああああ!」
「個人的に私服夏の2はちょっと」

 服紹介のページを見せた瞬間本ごと奪取され、手持無沙汰になってしまう。突然の告白に紺野先輩も信じられない風だったが、自身の服がこうも丁寧に解説され、挙句会話まで網羅されているのだから信じるなというのも難しいだろう。
 他のページにも目を通し、ぱたりと本を閉じた紺野の姿を確認し、おずおずと声をかける。

「……信じてもらえましたか」
「……ごめん……正直何が何だかわからない……けど、この本に載っている場所や学校、制服とか…全部僕の知ってるそのものです」

 無理もない。突然訳のわからない場所に飛ばされて、挙句「ゲームのキャラクターです」と言われてはいそうですか、と受け入れられる訳がない。だが、混乱していても事態は何も変わらないのだ。

「……とりあえず、元の世界に戻る方法を考えましょう」
「……そう、ですね」

 今日はもう夜も遅い。風呂はもう諦めて明日シャワーをすることにし、寝てしまおうと思ったところでようやく次の問題に気づいた。

「あの、……僕、どうすれば…」
「……」

 ベッドがひとつしかなかった。

 
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -