>> 咲かない花


「すみません日曜日は用事が……」
「……そうか、それならしょうがないな……いいんだ、気にしないで」

 本当にすみません、と頭を下げる彼女を見送り紺野はわずかに肩を落とした。仕方がない。また今度誘ってみよう。
 自分より一つ年下の彼女は紺野と同じく生徒会執行部に所属しており、普段から二人で遊ぶことが多かった。初めは生徒会の仕事だったものが、花火大会に遊園地にと次第に恋人同士のそれに変わっていった。
 彼女の事を考えると嬉しくなる、次はどこに行こうか、何をしようかと考えてしまう。今まで感じたことのない感覚、恐らくこれが恋なのだろうとうっすら気付いた。
 そして、これが自分だけの一方通行の思いではないことも。

(あ、僕の家――は……さすがに無理かな)

 彼女も少なからず自分に好意を抱いてくれている筈。でなければこんな風に二人で何度も出かけることなんてしないだろう。
 次の遊び先を考えつつ自分の教室に戻り席に座る。と、その隣で携帯電話と格闘している設楽の姿があった。

「どうした? またメールが見れないとか?」
「……見るのは見れた。返信の仕方が分からないだけだ」
「はいはい。で、どれに返信したいんだ?」

 設楽の言い分をいつもの様に聞き流し、携帯の画面を覗き見る。そこで一瞬思考が止まった。

『じゃあ日曜日はばたき駅で!』

 それは何の変哲もない待ち合わせを知らせるメール。ただしその送信者が――紺野のよく知る彼女の名前でなければ、だ。

「……え、えっと、返信したいのはこれ?」
「ああ。どれを押したらいいんだ?」

 動揺を悟られないように返信の画面を開き、設楽がたどたどしく文字を打ち込んでいくのを待つ。やがて送信を終えたのか嬉しそうに口角をあげる友人に、恐る恐る問うた。

「なあ、さっきのメール……」
「ああ、あいつからだ。全く、待ち合わせくらい直接言えばいいのにな」

 不平を言いながらもどこか嬉しそうな設楽を見、紺野も笑ってみせる。しかしその内には今までで覚えにないほどぐにゃりと歪んだ感情が生まれていた。
 日曜日彼女は用事があると言っていた。当然それは僕との約束より優先したいもので、それは恐らく――設楽との約束。

(――僕より、も)

 彼女が誘ったのか、設楽が誘ったのかは分からない。ただ一つ間違いないのは彼女がその約束を受けた、ということだ。
 思考が散乱する頭をよそに、彼の体の奥底はしんと冷えきり、やがてざわざわと音を立てる。そのさざめきを抑えるかのように、紺野は携帯を開いた。







(……良かった間に合った)

 生徒会室の前で、時間を確認する。

(今の時期何の仕事だろ? 体育祭には早すぎるし……)

 昼休み、紺野先輩から入ったメールにはただ一文『放課後四時、生徒会執行部に来て』とだけ。
 先輩の呼び出しであれば恐らく生徒会の仕事と思うのだが、特に急ぎの案件も思い浮かばない。


 扉を開き、あれ、と首を傾げる。

(誰もいない…)

 人手のいらない作業なのだろうか、生徒会の仕事だというのに副会長ほか役員の姿がない。遅れているのかな、とも思ったが、彼女自身時間ぎりぎりに到着している以上、そんな全員が全員遅刻するとも思いがたい。

「やあ、時間通りだね」
「紺野先輩」

 わずかに遅れて紺野が姿を現した。相変わらず穏やかに微笑み、後ろ手で扉を閉める。

「先輩、今日は何の仕事なんですか? みなさんまだ来ていないみたいで――」
「ああ、他のみんなは呼んでいないからね」

 え、と一瞬聞き間違えたのかと思い直す。

「あ、じゃあ私だけで足りる仕事――」
「うん、君だけで良かったんだ」

 普段の会話が交わされているかのようで、その実噛み合っていない。あれ、と小さな疑問が生じたのと同時に、生徒会室の鍵がカチリと音を立てた。

「君に、聞きたいことがあって」
「聞きたい、こと、ですか」

 なんだろう。声も表情もいつもの紺野先輩なのに、なんだか別人みたいだ。
 言いようのない不安を覚え、部屋の奥にじり、と移動する。するとそれに合わせて紺野も一歩、また一歩と彼女に近づいてきた。

「今週の日曜日、用事があるって言ってたよね」
「あ、はい……」
「誰と、かな?」

 更に間合いは詰められ、大きな影が落ちる。上向くと紺野の顔がすぐ近くにあった。次第に壁側へと追いつめられ、ようやく尋常ではないことに気付く。

「あの、KCH交響楽団のチケットを貰ったので友達と」
「……友達っていうのは?」
「…え、えと」

 設楽先輩から「一人で行ってもつまらないからお前付いてこい」と誘われたのだが、彼女自身興味があったし約束自体も先にしていた。だが、それを話せば更に状況が悪くなると察し、適当にごまかそうとするが、

「設楽だろ?」

 穏やかな、しかしながら掠れた声が小さく名前を紡ぐ。

「設楽から、誘われて――違う?」
「は、はいそうで――」
「どうして?」

 す、と答える間もなく紺野の声が被さる。彼女の背は壁につき、その顔の左右に彼の手が付かれている。逃げようにも、真正面から囲われ身動きがとれない。

「……え?」
「どうして、そんな約束をしたの?」
「どうしてって……んッ…!」

 反論のすべなく紺野の顔が近づき、下からすくい上げるように口付けられた。突然のことに混乱する彼女をよそに、長い時間触れ合わせる。苦しくなり唾液が口の端から溢れた時、ようやく解放された。

「……ぅ、は」
「僕は――君が好きだ」

 再び唇を合わせる。今度は彼女の顎を掴み上向かせ、深く舌を進入させた。歯列をなぞり、咥内に噛みつかんとする、先輩らしからぬまるで獣のような口づけ。ひとしきり堪能すると、名残惜しそうに口を拭う。

「不安なんだ、僕には君しかいないけど、君のそばにはいつだって人が集まる」
「……せんぱ、」
「どうしたら、僕だけを見てくれる? どうしたら、……僕のものになって、くれる?」

 彼女が何も言わないのを答えと知り、構わずリボンを引く。しゅる、と仕立ての良い絹の音を残したまま、上着とワイシャツの前を急くように開いた。
 彼女の短く息を飲む音を聞きながら、肩を掴みその首筋に噛みつく。鬱血した痕が付いたのを確認し、もう一方にも同じく痕を残す。
 体を寄せ、人差し指を下着の谷間にかけ勢いよく引き下ろす。くっ、と先端の突起に生地が引っかかり、更に力を掛けるとふるんと音がしそうな弾みでその膨らみが露わになった。あ、と消え入りそうな声に気づかぬ振りをして、双丘の間に顔を埋める。

「せんぱい、やめて…!」

 彼女が身をよじるたびふるふると頬と顎とを言いしれぬ感触が襲う。っちゅ、ちゅく、とわざと高い音を立ててそこにも痕を残してやり、一方の手で乳首を寄せ合わせるように白い乳房をむにゅりと寄せる。

「君に、僕のものですって書ければいいのにな」
 二つ並んだ紅い突起を舐め、押さえ込んだまま口に含む。唇でくわえ、歯を立てるとびくりと彼女の背が震えた。先端を往復するようにざり、ざりと嘗めとってやり解放すると、白い肌の中その二点だけが熟れた果実のように艶々と輝いていた。
 その様に知らず下半身に熱が集まる。たまらず膝を曲げ、彼女の細い太股の間に割り込ませると、慌てたように彼女がいやいやと首を振った。

「や、……もう、や…です」
「……?」
「せんぱい、……やです」

 気付けば彼女はその目から涙を流していた。そしてようやく気付く。

(――違ったんだ)

 彼女は僕だけを好きな訳じゃなかった。僕は彼女が好きな人たちの一人にすぎなかった。設楽や彼女の幼なじみと同じ、親しい友人の一人。
 そしてもう一つ――その「好きな人たちのひとり」に、僕はもうどうやっても戻れなくなってしまったことに。



 片手でもどかしく自身の前をくつろげそれを取り出す。その異様な物体に彼女がひっと息を飲むのも構わず、片方の足を膝下から抱えあげ、スカートの下に隠された下着を横にずらした。
 少し湿ったその茂みをかき分け、粘質のひだを見いだす。人差し指の腹を滑らすように添えると、腰が面白いように震えた。
 そのまま彼女の上体を壁に押しつけるかのようにのしかかり、限界まで膨張した凶器をその最奥めがけ突き刺した。入り口からぎちぐちと阻まれ、奥に押し入らんとするたび先端から搾り取るような快感が襲う。

「……」

 もう彼女は何も言わなかった。僕も答えることなく、本能のまま肉棒を突き立て時にかき回し、彼女を得ようと捜し求めた。
 しかしどれだけ腰を揺すっても、結合部から滴る白濁を見ても、その心が埋まることはなく、代わりに視界が歪んだ。

(もう、戻れなくなった)

 心地よかった先輩としての居場所、彼女のころころと変わる表情、廊下で見かけるたびほわりと浮かんだ喜び。その全てを、僕は、壊してしまった。
 もう一方の足にも手をかけ、壁に押しつけるかのように彼女を持ち上げる。ん、や、と短く声をあげるその小さな体を抱え込むように乱暴にペニスを押し込む。既に一度射精した中からはぴしゅ、と滴が溢れ、それにも構わずぐちぐちと出し入れを繰り返す。


「――ごめん」

 ずっと望んでいた彼女の体。いまその全てが叶ったはずだったのに、何故か頬を絶え間なく水が伝った。目から溢れるそれは塩辛く、鼻の奥につんと響いた。
 ハッ、ハッと荒く息を吐き、彼女の足を押し開く。最奥まで貫いては腰を揺らし、引き抜いて彼女がほっと息を吐いたタイミングで再び煮えたぎるそれを押し込む。ぐりぐりと膣を探り掻き回し、下半身を打ちつける。刹那、彼女の中が生き物のように蠢き、強く締め付けられると同時に二度目のどくんという射出感が宿り、言いしれない暖かさがその中に満ちた。求めていた温もり、欲しかった彼女のいやらしいの匂い、その全てが手に入ったというのに――その心は悲しみに満ちていた。









 気を失ってしまった彼女の体を整え、その頬に軽く口付ける。自身の上着を脱ぎ、その崩れ座る体にかけた瞬間、目から溢れた水が床にはねた。
 僕は彼女から奪ってしまった。そして同時に、全てを無くしてしまったのだと、悟る。

「……君が、好きでした」

 もう二度と言うことの出来ない言葉を呟き、彼女の前に膝をつく。涙が嗚咽に変わってもなお、僕は目覚めない彼女にひれ伏し謝り続けた。
 僕の初恋は、もう咲かない。




(了) 2010.07.13

うちの設楽先輩のKCH交響楽の拒否率はもうなんか異常

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