>> 携帯ボルケイノ



「じゃあ、今日も泊まりですね……」
「……ああ、悪い」
「あ、いえ、お仕事ですから! ……じゃあ、お休みなさい」

 少し寂しそうに笑う言葉と共に電話が途切れ、設楽は物言わぬ携帯電話をしばらく握りしめていたが、やがてぽすんとホテルのベッドに横になった。

 彼女の名字が設楽に変わったのはほんの二週間前のこと。お互いの希望ではばたき学園の教会を貸してもらい、友人だけを集めて小さく行った式だったが設楽も彼女もとても満足のいく結婚式だった。
 もちろん翌日からも新婚の特権とばかりに二人で新居に住み、朝も夜も楽しく過ごす――はず、だった。



(何でこんなに収録が長引くんだ!)

 新婚生活開始直後に入った某有名オケとのCDの音源取りの仕事。これが思った以上に難航していた。音合わせから指揮者の指示まで朝から晩まで付き合わされ、最初は何とか帰宅していたものの、朝早い集合時間になるにつれ近くのホテル泊まりに切り替えたのだ。

(帰りたい……)

 家に帰らないまま三日。寂しいなど彼女の前では絶対に口に出せないが、寝る前に聞く彼女の声や電話越しのかすかな息遣いを思い出すだけで、全てを投げ出して家に帰りたくなる。もう帰って良いか? ……だめか。

 はああ、と深いため息を落としながら枕に頭を寄せる。クイーンサイズのベッドには慣れていたはずなのに、一人で寝ると何故か広く感じるようになってしまったことに苦笑し、掛け布団に丸まるように収まった。
 しかし長引いた収録も予定では明日が最終日。問題なければ彼女の待つ家へと帰れるはずだ。絶対終わらせる、と暗闇の中己に誓い、設楽は静かに瞼を下ろした。







「音響トラブル、…?」
「……ああ」

 電話向こうの設楽の声がひどく重たい。

「まだ時間がかかりそうだな」
「そっか……じゃあ、今日も帰って来れないですね……」

 ようやく乾いた髪がしゅん、と傾いた頭と共にさらりと流れる。だが落ち込んだところで設楽を困らせるだけだと気づき、出来るだけ明るく声を出す。

「あまり、無理しないで下さいね。……じゃあ、お休みなさい」

 普段ならそこで切られる電話。だが、今日は設楽のわずかに掠れた小さな呟きが聞こえた。


「――声、聞かせろ」

 え、とベッドの上で握りしめていた携帯電話を握り直す。

「ああ、もう、だからお前の声を聞かせろって言ってるんだ」
「え、でも、早く寝ないと明日も収録が」
「うるさい。いいから喋れ」

 そんな、と思いながらも設楽の俺様ぶりに勝てるわけもなく、とりあえずたわいもない話を始めた。引っ越しの荷物をどう並べようだとか、今日練習したきんぴらごぼうが美味く出来ただとか、彼女の話す一語一語に設楽は珍しく素直に聞き入っていた。
 そう言えば仕事の報告ばかりで、こういう何でもない会話をする時間が無かったなあ、と思いつつ彼女も気づけばするすると言葉を続けていた。そうしてひとしきり話し終えた時、一拍置いて設楽のため息が落ちた。

「……聖司さん?」
「……帰りたい。今すぐ」
「だ、だめですよ!まだ仕事が…」
「いやだ。帰る」

 まずい。嬉しいがまずい。設楽のことだから本当にオケの人もスタッフも残して帰ってきかねない。どうにかなだめなければ。

「だからだめです! あの、ほら、私が出来ることなら何でもしますから」
「何でも?」

 帰ったら晩ご飯お好み焼きにしたりとか! と明るく提案してみる彼女を放置し、設楽のお願いは予想外の方向に返ってきた。

「じゃあ、……声聞かせろ」
「ま、またですか…?」
「違う。……『あの』声、聞かせろ」

 一瞬その意味を考え込み、ぼんっと顔を赤くする。

「せ、せいじさんんん!?」
「俺だって我慢してるんだ。お前今、何でもしますって」
「い、言いましたけど、その……どうしたら……」

 消え行く語尾が面白かったのか、携帯の向こうで設楽の短い笑い声がした。

「……ああ、良いから俺の言うとおりにしろ」





 言われるままにパジャマのまま二人分のだだ広いベッドに横になる。すん、とかすかに設楽の良い残り香が鼻をついた。

「とりあえず、胸だな」

 おずおずとブラジャーを外し、解放された二つの膨らみに服の裾から差し入れた手を添わせる。自分の小さい手からこぼれてしまったそれを見て、そう言えば聖司さんの手にはちょうど収まっていたな、などと改めて自身のものとは違う手の大きさを思い出しては赤面する。

「おまえはすぐここが反応するな」

 ぞくりとした感触に合わせて立ち上がったピンク色の突起に触れると、タイミング良く設楽の声が響く。まるで耳元で囁かれているかのようで、背後に被さる体温、息遣いをも鮮明に蘇らせる。
 くにくにと親指と人差し指で挟むようにつまみ上げ、硬く熟れていくそこを刺激するとたまらず声が漏れ出す。

「ん……」
「ほら、手を止めるな」

 うつ伏せの体をわずかに浮かせ、手のひらを差し入れる。こり、とした硬さの後手のひらにずしりと伝う柔らかさがあり、ゆすゆすと背中を揺らした。

「……はぁ、…ん」
「…ほら、次は下だ」

 何故か楽しそうな設楽の声に従い、左手をすべらせる。パジャマの中に指を、腕を差し入れ、下着の谷間に指を当てる。以前された仕草を思いだし、まずは布の上から中指を前後させた。

「どんな感じなんだ? 言ってみろ」
「あ、あの、くすぐったくて、……その、」
「じゃあそこをめくって指、入れてみろ」

 従順な犬のように言われるままクロッチをずらし、細い指を直に触れさせる。ひくんと腰が浮き、うつ伏せのままびくびくと震えるのに構わず、更に奥に指を伸ばす。

「あっ、せいじさ、も、」
「いいやまだだ。まだ入るだろ?」
「そんなぁ、あう、ん…!」

 電話から伝わる設楽の声が非情にも先を要求する。仕方なく中指の腹を折り曲げ、くちゅんくちゅんと円を描く。中は熱く、普段こんなにぐちゃぐちゃに濡れていて、しかも設楽にいつも触れられていたことに気づくと、一層恥辱に煽られてしまう。
 枕に顔を埋め、真っ赤な頬の下短い喜声を繰り返す。よりにもよっていつもそれをされていたベッドの上なので、知らず設楽に組敷かれていた感覚を思い出しては、再び自慰に走ってしまった。

「…何だ? 俺にされている時を思い出したのか?」
「そ、んなんじゃ……んんっ…!」

 設楽の指使いを思い出しながら必死に腰を動かす。一本が慣れたら二本へ、時折ひだを強く摘み、乱暴にじゅぶじゅぶと突き立てていく。そのたびぴゅ、と霰もない方向へ滴が飛んだりしたが、設楽の指でない今、そこまでの快楽は得られない。
 もっと、いっぱい欲しい。隙間なく埋め尽くすまでぎちぎちにしてほしい。

「せ、いじさぁ…! も、もう、やぁ…!」
「……全く、だらしないな」
「――は、…!」

 物足りなさを補うかのように奥深く指を差し込みぐりぐりと刺激する。やがて頭の中が真っ白になり、背筋に氷を落としたかのような震えが走った。枕に顔を押しつけ声を殺しながらも、乱れた肢体はびく、びく、と規則的に快楽を堪えていた。

「せいじさん、ごめん、なさい、私――」
「ああ。俺無しでとはいい度胸だ。


――せっかく急いで帰ってきてやったというのにな」




 刹那、寝室の扉がキイと音を立てた。
 そこには電話を片手にニヤ、と笑う設楽聖司その人が立っており、ベッドに横たわる彼女を見つめていた。

「せ、せせ聖司さん何でここに…!」
「俺が俺の家に帰ってきたら何かまずいのか?」
「そうじゃなくて、今日も遅いって…ひゃあ!」

 彼女の言葉を待つことなく服を脱ぎ始め、ベッドにやすやすと侵入する。ひた、と触れた肌はかすかに汗に濡れており、かなり急いで帰ってきたのが分かった。

「トラブルがあった、……だけで、泊まるなんていってないからな」
「だ、だって何か今すぐ帰りたいとか何とか」
「ああ、それか」

 騙されるおまえが悪い、と呟くと数日間触れ合えなかった時間を取り戻すかのように、頭を抱き寄せてはキスを落とした。どうやらまんまと設楽の策略にはまってしまったようだ。
 ちゅ、ちゅ、と熱い唇が額に肩に胸元にと降り、やがて先程まで待ち望んでいた指が足の合間にのばされる。だがつい先程達したせいか、太ももには愛液が飛び散り設楽の指が触れるだけで過剰なまでに体が反応してしまう。

「何だ、俺がいなくても楽しそうだな」
「そんな、こと…!」
「俺よりこいつの方が良いんじゃないか?」

 そう言うと設楽は手にしていた自身の携帯を畳み、下着越しの彼女の蜜壷の入り口にそれを置いた。次に彼女が枕元に転がしていた携帯を手に取ると、何事かいじる。一拍置いたその瞬間、設楽の携帯がヴゥーンと細やかな振動音を立てた。

「あああ、やあ、だめっあっ!」
「ほらみろ。もう俺はいらないんじゃないか?」

 ずるりと股から滑り落ちるたび拾い上げ、なおもヴーヴーとバイブし続けるそれを強く押しつけられてしまう。表面の刺激ばかりが募り、再び体の奥からいやらしい欲が頭をもたげた。たまらず携帯を押しつけてくる設楽の腕を掴み、懇願する。

「これじゃなくて、聖司さんの、が、いいです…!」
「……ほんとか?」
「奥に、聖司さんの、くださ、……やああああ!」

 言うが早いか設楽の携帯と彼女の携帯はベッドの端に転がされ、性急に熱くたぎる肉棒が彼女の中心を割開いた。一番達した膣はしなやかにそれを飲み込み、獣のように上下するたび淫靡な水音がびちゅん、ばちゅと部屋に落ちる。
 お互い声をかける余裕もなく、熱く火照る体で溶けるかのように重なり合う。設楽の首飾りだけが時折ひやりと彼女の鎖骨に触れ、荒い息の中それだけが妙に心地よかった。

「……っふ」

 そのままがす、と設楽にしては珍しく乱暴に揺すられ、合わせてこれでもかとばかりに開かされた足の先が震える。更に最奥を抉られるうち、にじり、とシーツが湿る感触が尻を伝い、キュと締め付けた途端内部にもじわりと伝わった。
 それを合図にしたかのように、設楽は深い息を吐いたかと思うとぐたりと彼女の上に倒れ込んだ。







「どうしてこんな意地悪したんですか」

 彼女の上で眠ってしまった設楽がようやく目を覚まし、やっと解放されるとばかりに問いただし始める。

「ああ……何がだ」
「何がじゃなくてですね!」
「うるさい。お前のせいで寝不足なんだ、俺は寝る」
「何で私のせいに……あああだからもうここで寝ないでください…!」


 しかし設楽からの返事はなく、彼女は再び設楽の両腕にがっちりホールドされたまま、半日を過ごすこととなった。
 設楽があと一日で仕事を終わらせるため、オケと指揮者を説得し睡眠時間を削って開始時間を三時間早めさせた逸話が、彼女に語られることは今後恐らくないだろう。



(了) 2010.10.09

睡眠時間より何より、設楽先輩がどこから電話をかけていたのかが一番の問題である

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