>> 借り暮らしのルカッティ



――大丈夫、小さいヒーローだから。



 朝食の残りを部屋に運び込むと、もうすっかり慣れた様子で机の上に食卓の準備を始めている3人の姿が目に入った。ハンドクリームの容器に小さなハンカチをかける設楽の隣で、それぞれの椅子代わりの消しゴムを並べる紺野と琥一。

「今日は卵焼きですよー」

 人形用の小さい食器に更に小さく切り分けられた卵焼きとトーストの欠片を入れており、ご丁寧につまようじを切って作った箸まで置かれている。彼女も存外凝り性なようだ。

「やあ、おいしそうだな」
「今日は私が焼いたんですよ」

 会話だけ聞くと新婚夫婦のようだが、この小ささの紺野が何を言ってもファンタジーにしかならない。他の二人もそれをわかっているのか、黙々と箸を進める。

「そういえばコウ君、琉夏くんは昨日の昼休みから会ってないの?」
「アア、見てねえな」
「ということはまだ学校かな……」

 ううむ、と思考を巡らせる。琉夏の行きそうなところを考えてみるが、いつも神出鬼没で出会うのは廊下か昇降口、授業もいたりいなかったりで探すのには苦労しそうだ。

「ルカのことだ、どうせ適当に隠れてんだろ」
「変なものでも食べていないといいけど……」
「……ああ、そりゃあ、……」
「……」
「……」
「……ちょっと学校行ってくるね」

 どうやら二人同じ想像をしたらしく、慌てて鞄に荷物を詰め、朝食中の3人に挨拶をして早々に部屋を後にした。


 

「……全く、一体何が起きて……おい、琥一何勝手に俺の卵焼きを取ってるんだ!」
「ん、ああ、残してっから食わねえのかと思ってよ」
「最後に食べるように残していたんだ!」
「ああもう、二人とも喧嘩するなよ」

 部屋の主がいなくなった瞬間にぎゃいぎゃいと騒ぎ出す二人を見、紺野は一人溜息をついた。







「……琉夏くーん、どこー」

 昼休み。ミヨとカレンの昼の誘いを断って校舎の裏を探す。教室内もこっそり探してみたが見当たらず、仕方なく外に出てみたもののこの広大さでは見つけるのに骨が折れそうだ。
 花壇の端から雑草の茂る草むらをかき分け、更に小さく声をかける。

「琉夏くー……」
「そこにいたかあ!」
「うわあああー!」

 突如として返ってきた声に思わず直立し、背筋を伸ばす。慌てて振り返ると大迫先生がいつもの様子で笑顔をを浮かべていた。

「お、大迫先生!」
「おおーなんだおまえか。琉夏のやつ見なかったか?」
「み、見てませんけど」
「そうか、今朝校門のところで姿を見なかったから気になってな。見つけたら教えてくれ!」
「わ、わかりました!」

 小柄な体で去っていく先生の後ろ姿を見送りながら、必死に動悸をおさえる。どうしよう、早く見つけないと大変なことになる。学校内もパニックになるだろうし、新聞やテレビでも来られたら大事だ。

『琉夏そんな小さくなってどうしたあ! よし、先生と今から走るか! 大丈夫だ、背なんてよく食って運動すればすぐ伸びるぞ! ハハッ』
「大迫先生落ちついて!」

 琉夏の姿を発見して混乱する大迫先生の姿を想像し、思わずツッコミが入る。だめだこれは。何としてでも先に琉夏を見つけて保護しなくては。
 新校舎の辺りを周り、更に体育館の裏手に回る。日当たりが良いせいか丈の長い草が生い茂るその場所を、丹念に見て回る。校舎から離れているせいか、人気も無く静かだ。



(……ん?)

 ふと、足を止める。気のせいか、かすかな猫の鳴き声がした気がしたのだ。
 その時もう一声。間違いない、近くに子猫がいるようだ。

「……あ、……かわいい」

 声の出所はすぐに判明した。青々としたそれをかき分けたすぐ足元、誰かが置いたらしい段ボールの中に母猫と思しき三毛と、その子どもが2匹、いや3匹か。
 不思議なことに傍らに一つ、空の猫缶が転がっていた。誰かがこっそり餌をあげているのだろうか。
 母親がいるそばから子猫を触るのはためらわれ、しゃがみ込んで親猫の様子だけ見る。と、その時、子猫たちの塊の中に綺麗な金の糸を見つけた。あれ、と思い母猫に気遣いながら指を伸ばす。


「……琉夏くん!?」

 ふっかふかの毛玉達に埋まるようにして眠っていたそれは、綺麗な金色の髪を散らし、まるで眠り姫のようにすやすやと寝息を立てていた。もちろん、親指姫の描写も忘れてはいけない。






「うーん……ふあ、あれ? おはよ」
「おはよ、じゃないよ! どうしてこんなとこに」
「えーと、なんでだっけ」

 何とか琉夏を起こし、状況を確認する。だが、琉夏自身は大きく伸びをし、首をかしげているのんきぶりだ。髪の合間から覗くピアスがシャラリと音を立てるが、そのサイズは琥一と同じく極小サイズにまで縮小されている。

「あ、思い出した。なんか気づいたら小さくなっててさ、とりあえずコウの奴探そって思ってるうちに、こいつらに見つかったんだ」
「こいつら……って、この子?」
「うん。俺、最初食われるかと思った」

 自分の身の丈より高い子猫を見上げ、その体に頭を寄せる。子猫の方も嫌がる様子はなく、ふんふんと鼻を近づけながら目を細めていた。

「で、なんか咥えられてここまで連れて来られたんだ」

 それって獲物扱いなのでは、と言いたくなるのをぐっと堪え、安堵のため息を漏らす。

「でも無事で良かった……コウ君から琉夏くんを探してって言われてたの」
「コウが? 何で?」
「……その、実は」

 おずおずとコウ君も琉夏同様小さくなってしまったこと、設楽先輩と紺野先輩も同じく小さくなっており、今全員集まって対策を練っていることを説明した。

「それ、ほんと?」
「うん……嘘みたいだけど」
「コウが小さく……やばい、見たい」

 琉夏も小さくなっているので、琥一と会ったところで何も変わらないのだが、そんな事に気づかぬまま擦り寄ってくる三毛の子どもにぽんぽんと手を伸ばした。

「おまえ、あったかかったよ。ありがと」

 ニャア、と短い鳴き声を残す猫に再度ぎゅうと腕を回す。白いふかふかの毛並みに埋もれて、何だか気持ちよさそうだ。少しうらやましい。
 別れの挨拶を終えた琉夏を琥一同様制服の胸ポケットに入れる。


「おおい、誰だあ!」
「わあああああ! すみませんんん!」
「なんだ、またおまえかあ」

 思わず胸ポケットの縁を手で覆う。間一髪、琉夏が入るところは見られていなかったようだ。

「そろそろ授業が始まるだろ、ほら早く戻れ」
「は、はい!」

 そそくさと大迫先生の隣を通り過ぎ、見えなくなったのを確認してようやく足を緩める。



「……おまえ、すごいどきどきしてるね」
「な、何が!?」
「俺、ずっとここでもいいな」
「もう、馬鹿な事言わないの」

 はあい、と間延びした返事が聞こえ、琉夏を脅かさないよう静かに、しかしながら早足で教室に戻っていく。遠くで午後の予鈴が響いた。








 帰宅して早々、机の上が数式まみれになっていた。

「だから設楽、ここの数式はこれじゃなくて」
「ああもううるさい、今考えてる途中なんだ!」
「……何だこりゃア、値を求めろって、俺は別に知りたくねえ」
「琥一くん、それを出すのが問題だから……」

 メモ用紙を一面に広げ、その上に消しゴム椅子。更にそれに座った設楽と琥一がシャーペンを担いで(誤字ではない)うんうんと唸っている。

「ああ、おかえり。ごめん散らかして」
「いえ、それは良いんですが一体何を……」
「いや、この体になってから授業受けてないだろ? だからせめて今までの復習だけでもと思ってね」

 どうやら紺野先輩の学研教室が開かれていたようだ。確かに学校はもう数日行っていないし、日中することがなく暇になったのもあるのだろう。
 足元に魔法陣のように描かれた数式を見つめ、しばらく黙っていたが設楽は諦めたかのようにシャーペンを床に置いた。
 
「……もういい。大体こんな体で勉強するも何もあるか」
「しーたーらー」
「うるさい。大体イコール一つ書くのに1分かかるとかおかしいだろ!」

 どうやらずっとこんな調子で勉強会をしていたらしい。同じく疲れた様子の琥一が逃れられた解放感からか、嬉しそうに彼女を見上げる。

「おお、そういやルカの奴はどうだった」
「あ、うん、あのね体育館の裏に……」

 身を屈め、机の上に下ろそうとするが、突如ポケットの中から「シーッ」と息をひそめる声が聞こえる。

「……琉夏くん?」
「ね、俺見つからなかったことにして、ここにいちゃだめ?」
「……もしかして、勉強会の話聞いてた?」


 返事がない。確定のようだ。

 
「おい、ルカ! てめえ、早く出てこい」
「これ以上増えるのか!?」
「そろそろ居住スペースの再区分けが必要だな……」
「ほら、琉夏くん」

 全員がてんでばらばらな発言をする中、琉夏は頑として出てくる気配がない。何とかならないか、と考えた結果、ぼそりとポケットの中に言葉を落とす。

「……今日、夕飯にホットケーキ焼いてあげる」
「コウ、ただいま!」

 聞くや否や、とうっと声を上げてポケットから飛び出す。案の定着地の時に足裏を打ちつけたらしく、しばらくじっとしていた。

「……大丈夫?」
「へいき……不死身のヒーローだから……」

 ぺたりと座り込む琉夏の姿を残し、ぐるりと机上を見渡す。なんというか、学園内でも話題の四人がこうして並んでいるのは壮観と言うか、不思議な光景だ。

(早く元に戻す方法を調べないと…!)

 幼馴染との再会に喜ぶ桜井兄弟と、迷惑そうな設楽の悲鳴をよそに、彼女は一人静かに拳を握っていた。






 ちなみにその夜、一人ノルマ四分の一というホットケーキにより、琉夏を除く3人のぐったりした様子が確認された。



(了) 2010.10.04

そろそろ紺野先輩の心労が心配です

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