>> ステイルメイト


「メリークリスマ―ス!」

 小声で、しかしながら嬉しそうにグラスを傾ける彼女を見て設楽はやれやれと苦笑を浮かべた。

「なんだその浮かれ方」
「だってこんな立派なところ初めてで」

 なんだか緊張します、と背筋をのばす姿がまたおかしくて苦笑は微笑みへと変わった。壮大な天井からは精緻な細工のシャンデリアが下がり、手元に置かれている銀食器もシンプルだが名の知れたブランド品だ。普段連れていこうものなら、過剰を嫌う彼女から絶対拒否されそうな高級店だが、久々の帰国とイエスキリストの聖誕前夜祭という援護により、困惑させながらも連れてくることに成功したのだ。


(今度のミサでは一曲弾いておくか)

 設楽の間違った神への敬愛に気づくことなく、目の前の彼女は次々と運ばれてくる料理を見ては「わ―」とか「すごい―」と小さく騒いでいた。

「なんだ、そんなにここの料理が好きならいつでも連れてきてやるのに」
「い、いいですよ! その……高いですし」
「俺が出す」
「だからそれが嫌なんです!」
「……?」

 なんなんだ。
 そう言うと彼女はちょっとふくれっ面をしながらさっさと前菜を口に運び始めてしまった。よく分からないまま設楽もそれに続く。
 彼女は設楽の知らなかったものを教えてくれる。たこ焼きとかお好み焼きとか、シェフに頼んで家で食べたこともあったが、彼女と食べたものより美味しいことなどなかった。いつも俺ばかり貰ってる、だから今度は俺の知ってるものをお前に教えたかった。
 そして今日は何と言ってもクリスマスイブ。



(……大丈夫だ)

 彼女が高校を卒業してから交際し、二年が経つがなんと未だにキス以上の進展がないのだ。この俺がだ。まさかこんな長期戦のステイルメイトになるなんて。 それもこれもスキンシップは西欧なみなくせに、いざチェックを指そうとすると急に逃げてしまうクイーンの駒のせいだ。

(遅い時間で泊まりになるとも伝えた。――今日は、チェックメイトだ)

 豪華な食事に上質な酒、きらびやかな衣装に何と言っても今日はクリスマスイブ。クイーンを落とす布陣は完璧――のはずだった。








「……おい、いい加減におりろ!」
「ふぁ……すみませ……」

 ぽすんと音を立ててキングサイズのベッドに担いでいた彼女を転がす。情けない声を上げるその顔はいつになく赤く、目は艶々と潤んで宙を見つめていた。

「お前な……いくらなんでも二杯で潰れるって弱すぎだろ!」
「意外と大丈夫かなって……思ったんですけど、ふぁ」
「ああ……もう……いいから風呂に入って早く寝ろ!」

 すみまふぇん、とかなんとか言いながらふらふらと浴室に入った彼女を見届けてから、設楽もどかりとベッドに腰掛ける。上着を傍らの椅子にかけ、ネクタイを乱暴に緩めたのち、頭を抱えるようにして深いため息が続いた。
 まさかこれほど酒に弱いとは。食前酒と途中の一杯で酔いつぶれる奴なんて見たことない。いやたった今見たんだが。

(――今日は寝るか)

 完璧な計画だと思っていたが、まさかあんな状態の彼女にその願望を押しつけるわけにもいかない。くそ、と珍しく小さな悪態をつきつつ、一番大きいソファに向かいぼすぼすと感触を確かめてみる。固い。だが一晩横になるくらいなら大丈夫だろう。
 枕を運び込むか、と考え込んでいたその時、ようやく彼女が入浴を終えて出てきたようだった。

「……少しは酔いが――なっ!?」

 振り向いて堂目する。浴室には備え付けの寝具が用意されていたはずだ。だが、今眼前にいる彼女はその体に一枚バスタオルをまとったまま、恥ずかしげに俯いていた。

「お前、なんで、い、いいから早く服を――」
「先輩、なにしてるんですか」
「何って、寝る準備を」

 しようと、と言う間に彼女は設楽に近づき、そのシャツの裾を掴むと素早く唇を寄せた。突然の事に混乱し、見る間に顔が朱に染まる。

「お前いいいったいなっ何をし」
「先輩、一緒がいいです」
「何がだ!」
「一緒にねたいです……」

 しまった。また宇宙人がこいつを支配している。どうする。祓いの儀式か。塩はあったか。
 下を向くとその柔らかい谷間が見えてしまいそうで必死に上向く設楽をよそに、その悪魔はいまだアルコールが抜けていないらしく、とろんとした目で見上げてきて、そして

「……おねがい」

 ああ、もう、宇宙人でも悪魔でもいい。――チェックメイトされたのは俺の方だったんだ。








 何故か設楽が押し倒される形になり、彼女は嬉しそうにネクタイを抜き取りシャツのボタンを外していた。ぷちぷちと器用に外していき、その胸元に顔を寄せる。

「……おい! これ普通逆じゃないのか」

 おかしい。予定では俺が完璧なまでにリードするはずだったのに。なんだこの状況は。
 そんな設楽の思いとは裏腹に薄い胸板にふっくらした唇と少し冷たい髪がひたりと触れる。細い指がわき腹を滑るのに合わせて思わず声が漏れた。
 それが嬉しかったのか俺に跨ったその悪魔は、そっと自らまとっていたバスタオルを外した。露わになった二つの膨らみ。やや大きめで白く、今は風呂上がりのためか淡いピンクに色づいている。更にその登頂で固く存在を主張する二つの飾り。羞恥を忘れて目を奪われてしまった設楽の視線に気づき、さすがの彼女も少しだけ恥ずかしそうに顔を背ける。

「あ、あの……あんまり見ないでください」
「あ、……そっ、そうだな! ……って目の前で脱いでそれを言うか!?」

 設楽の不平を唇でふさぎ、その上体を寄せる。二人の体の間で胸が押しつぶされ、異常な柔らかさとその中で二点、明らかに違う硬質のそれがこりこりと設楽を刺激した。
 ぷは、と唇を離した後も、自分より大きな設楽の体を必死に抱きしめるかのようにして乳房を寄せてみせる。たまらないたゆんとした質量に、視線を移すとつやつやと光る谷間。
 しかしこれだけ積極的に挑んでみせる彼女だが、どうにも動きがたどたどしい。

(もしかして、慣れてはいないのか?)

 手を伸ばし、先ほどから硬く熟れている乳首を隙間から軽く摘んでみる。ひゃ、と短く鳴き一瞬離れたその隙に、くいと押しつぶしてやる。
 まさか反撃されるとは思っていなかったのか、更に体が浮く。面白くなってもう一方の膨らみも鷲掴み、人差し指と中指の間にその先端の果実を挟むと、なおも可愛い声を挙げた。

「や、やめ……!」
「なんだ? 俺が何もしないとは言ってないだろ」

 どうやら酔って積極的になっているだけで、彼女自身はこういう行為に慣れていないらしい。徐々に見破られているのにも気付かず、その言葉が不満だったのか手から逃れるように上体を起こした。そのまま下に体をずらし、ベルトに手をかけたのを見てさすがに慌てる。

「おい! 何を……」
「…だって、先輩ばっかり、大人だから」

 前をくつろげ下着をずらすと、先ほどの攻勢で既に起立した設楽自身が勢い良く飛び出してきた。急いで隠そうとするも、細い指がそれを遮るように包み込み、緩やかに擦りあげる。

「私が子どもだから、だめなんですか…?」
「お前……やめッ…」

 先から透明な液体が溢れ始めるも、絡みつく指は動きを止めることなく竿を愛撫する。どくどくと脈打つ裏筋を人差し指が伝い、その下の膨らみを恐る恐る撫でた。
 それが一層大きくなったのを確認すると彼女は膝をベッドにつき、腰を浮かせて彼の上に移動する。そそり立ったそれを慈しむように先端に触れ、そのまま自身の秘裂へとあてがった。

「ん、……」

 くちゅ、と短い水音がしたかと思うとめりめりと飲み込まれるかのような、吸い尽くされそうな快感が設楽を襲った。痛みを堪えながら懸命に腰を落としていく彼女を見、初めての行為だったのかと確信する。

「ッ…だから、無理するな…!」
「や、です……ァ、」

 幾重にも広がる膣の内部が腹を空かせた獣のように彼のペニスを貪る。だが、やはり感覚が掴み切れていないのか半分ほどの位置で止まってしまった。
 じわじわと締め付けられる感触。高い熱量に浮かされて、肉棒はなおも深い侵入を求めるが、それも今の体勢では許されない。こんなの、拷問だろ、

「せんぱ、――やっ!?」

 たまらず彼女の腰を掴みぐいと突き上げる。ごりと奥に当たった感触と共に短い悲鳴が聞こえたが、構うことなく体を起こしそのまま跨るように二人の体の位置を入れ替えた。
 
「――悪い」

 驚いた彼女が思わず逃げそうになったところを押さえ込み、更に深く体を沈める。くちゅ、と音を立てた後引き抜き、すぐにまた熱い質量のそれがぶち込まれ、中から溢れた液体が泡立ちシーツを汚した。

「や、だめ、おかしく、な」
「――お前が、悪い」

 ばたばたともがく腰を押さえ、なおも打ちつける。腰を大きく動かし、右に左にと子宮の壁を這わせるかのように突き上げると、ある一瞬彼女が痙攣したかのように震えひたりと設楽自身を締め付けた。

「くッ……お前な…」

 それはあまりに暖かく、心地よく、何よりこの組敷かれ、自分から支配されているのが彼女であるという事実が、彼の背をぞくりと泡立たせた。たまらずもう一度腰を落とすが、その瞬間胎内で白い液体が爆ぜた。ぶじゅ、と音が出て膣口から溢れるのも構わず、更に二三上下を繰り返し、完全にそそぎ込んだことを確認すると疲れた体を起こし、初めての快感に気を失ってしまった彼女の額に口付けた。








「……つまり、自分に魅力がないんじゃないか、と?」
「……はい」

 ようやく目が覚めたらしい彼女は、酔いも醒めたらしく途端に普段の恥ずかしがり屋を発動していた。
 話を聞くに、設楽同様二年付き合っておきながら、そういう事がないのは自分が子どもだから気を遣われているのでは、と思ったらしい。

「だから、お酒も飲めるし、私でもこ、こういうこと出来るって見せようと……」
「お前、ばかだろ」

 ふぇ、と落ち込んだ声が返ってきて思わず苦笑する。

「まあ、子どもじゃないことは分かった」
「……え、」
「お前がそういうつもりなら俺だって容赦しない。――覚悟しろよ?」

 そう言うと俺を誘惑した悪魔は、すっかり祓われたかのように大人しくなってベッドに潜ってしまった。
 俺もそのまま小さくあくびをして、隣に潜ったクイーンの駒を近くに引き寄せては瞼を閉じた。


――どうやらチェスは俺の逆転勝利で終わったようだ。



(了)2010.07.11

何故か「頑張れ、先輩頑張れ…!」と思いながらこれ書いてました

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