文化祭まであと一週間に近づいたある朝のこと。
(あああまずい! 今日の早朝会議の資料準備してなかった!)
勢い良く生徒会執行部に飛び込みぜひぜひと息を吐く。幸い役員はまだ誰も登校していないようだ。今からチェックしてコピーして、よしいける。時間を逆算しながら資料室に入り、昨日まとめておいた原紙を探す――しかし
(……ない)
ファイルに入れていた資料の元がそれごと無くなってしまっていた。瞬間頭の中が真っ白になり、行動が止まる。徐々に戻ってきた理性を元に、並べてあったファイルやバインダーを裏返してみるがやはりない。
(どうしよう……)
衝撃のあまり声が出ない。今から作り直すのはどう考えても厳しい、と思考を巡らせながらふらふらと資料室を出、会議用の長机へと向かった、その時。
(……!?)
眼前に広がっていたのは測ったかのようにきちりと並べられた今朝の資料。無くしたと思われたそれは役員分その椅子の数ごとに丁寧に並べられていた。
誰が、など疑う余地もなく、私の仕事を片づけた犯人を探す――いた。
すうすうと穏やかな寝息をたてる生徒会長が、その長身を窮屈そうに屈めて離れたソファで眠っていた。確か春、私が生徒会執行部に入ったばかりの頃もこんなことがあった気がする。
(雑務なら私でも出来るのになあ)
ただでさえ生徒会の引き継ぎ事務で会長は疲れているはずなのに。相変わらず誰より先にここに来て、みんなのために準備をしてくれる。
頭が良くて優しくて誰にでも好かれる生徒会長。でも時々、とても不安な顔をしている気がしてならなかった。
することが無くなり仕方なく会長の傍らにしゃがみ込む。柔らかそうな髪に男性のものである平らな胸板。手にはいつもの眼鏡があり、通った鼻筋から緩やかな隆起を目で追う。
(――あ)
会長、意外とまつげ長い。
何だか嬉しくなってのぞき込んでみる。相変わらず静かな寝息が聞こえ、端正な顔が心地よさそうだ。
(何だか眠り姫みたい――ん? 姫……)
刹那、爆発しそうな勢いで顔を赤くしてソファから離れた。離れたというか逃げた。むしろ飛んだ。
(わっ私会長になんて近さで――)
会長が眠り姫なら私は王子か! という距離まで接近していたことに気づき慌てて更に間合いを測る。寝ていたから良かったもののあれじゃまるで私が会長にキ――
そこで思考を振り払い、泥棒よろしく生徒会室を後にした。幸い会長のおかげであと三十分はある。だめだ、この煩悩を祓わないと。煩悩には運動、運動……
「あ、嵐くんの朝練ランニングに加わろう!」
三十分後、何故か全身汗だくの生徒会書記の姿に、会議にいた全員が口には出せない疑問符を浮かべていた。
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静かに、かつせわしく生徒会室のドアが閉められたのを音だけで確認し、ぱちりと瞼を開く。伸ばしていた腕を引き寄せ顔を覆い隠すように交差させた。
(……びっくりした)
目が覚めたのは少し前。年下の生徒会書記が自分の隣にしゃがみこんだ気配を察した時だ。今起きたら驚かせるかな、と悩んだ結果とりあえずそのまま寝たふりをしてみたら、このざま。
(……キスされるのかと思った)
気付けばあと数センチの距離に彼女の気配が感じられて、心拍数やら寝息やら抑えるのに必死で正直何がなんだか覚えていない。
もう無理だ、と思った瞬間何故か彼女の方から離れてくれて助かった、いや、無意識でしていたことなのかそれとも寝たふりがばれたのか、どっちだ。どっちもやばいが。
ふ―と長い息をつく。腕の合間からのぞく頬が驚くほど赤くなっているのには、おそらく本人も気づいていないのだろう。
そしてこれを機会に彼女が生徒会書記から一人の女の子へと彼の認識を変えたことにも。
三十分後、あきらかにぎこちなく司会進行する生徒会長の姿は、汗だくの生徒会書記と共に他の役員の疑問を増やしたのであった。
(了) 2010.07.09
生徒会スチルはもうバンビ襲ってしまえと思った