>> 借り暮らしのコウイッティ



――バァカ、小せえんじゃねえポリシーだ





(……どうしたらいいんだろう)

 やる気も意識も朦朧とする天気の良い五限目。板書を写す手を止めうーんと考え込む。
 設楽先輩に加えて頼みの綱の紺野先輩まで小さくなってしまった。相変わらず原因は分からないまま、今は何とかごまかしているがあまり長い時間そうしている訳にもいくまい。

(家で大人しくしてくれるといいけど……大丈夫かな)

 中身はそのままに、人形サイズになった二人を思いだし思わず微笑む。あんなサイズになっても設楽先輩は偉そうだし、紺野先輩はお父さんみたいだ。
 今日の朝ご飯で紺野先輩から「寝るか食べるかはっきりしろよ」と怒られていた設楽先輩を思いだし、更に口角が上がる。

「……何ニヤニヤしてんだァ?」

 その時、低い声が彼女の前に落ちた。聞き慣れたそれに一瞬思考が止まる。

「……コウ、く…?」

 慌ててその席に視線を動かす。だが、普段からこの時間帯の授業には出ていないことが多く、案の定今も姿は見えない。

「――オイ」

 大体席にいたとしても、こんなに鮮明に声が聞こえるものだろうか?
 そんなことを考えていた矢先、更にドスの利いた声がすぐそばで聞こえた。

「――オイ、ここだ」

 指示通り視線を下ろす。黒板から前の席の椅子、そして開いたままになっている筆箱――

「オウ、やっと気づいたか」

 刹那、条件反射のように筆箱のふたを閉じた。





(――何!?)

 今、確かに琥一の声がして筆箱に何かがいたのは分かった。それは何だかとても琥一に似ていて、撫で付けた黒髪も日に焼けた肌も鋭い目つきもまんま琥一のものだった、気が、する。
 だが、何故、――筆箱の中にいるのか。
 思考がぐるぐると回る。だが、そうこうしている内に、閉じられた筆箱から何やらガッシャガッシャと音がし始め慌てて開く。

「バカ、いきなり閉めんじゃねえよ」

 ハア、とため息をついて筆箱から出てきたのはやはり間違いなく琥一だった。そのサイズが――大変よく見慣れた――人形サイズだったことだけを除いて。




「じゃあ、ルカ君を探しててそのまま?」

 放課後、誰もいなくなったのを見計らって琥一に事情を聞いてみる。混乱する彼女に対し、当の本人は筆箱に座って足を投げ出したまま至って堂々としている。小さいが。

「ああ、あのバカ昼休みの約束すっぽかしやがってな。仕方なく探していたんだがよ」
「……途中から記憶にない内に小さくなって私の机にたどり着いた、と」
「おうよ。とりあえず踏まれちゃたまんねえからな」

 紺野先輩と同じでやはり小さくなった瞬間の記憶はないらしい。これで三人目、何か悪い感染症かと思ったが、それなら彼女自身も小さくなるだろうし学校中パニックになるはずだ。

「コウ君、とりあえず一度うちに来てもらっていい?」
「…バ、何…!?」
「同じ状態になっている人があと二人いるの。もしかしたら何か分かるかもしれないし」

 一瞬真っ赤になった琥一であったが、ようやく理解し短く同意を示した。紺野先輩の時とは違い、放課後直後で残っている生徒も多い。見られると色々面倒だ。

「じゃあとりあえずここに」
「だっ……オマエ、」
「…?」

 彼女がその手で誘導したのは制服の胸ポケットだった。琥一は先程より更に悩みつつ、やがてクソッとか何とか呟きながら彼女の手を介して胸ポケットに滑り込む。

「ふふ、なんか不思議な感じ」
「……うるせぇ、早く行け」

 ポケットの縁に腕を乗せ、ぶら下がるように収まっている琥一の姿に思わず笑みがこぼれる。いつも見下ろされるばかりだから、この優越感はなかなか新鮮だ。




 とりあえず早く帰ろうと校門を後にする。帰路を急ぐ彼女、その前に面倒くさそうな若者が二人現れた。

「あ、ねえ今暇? 良かったら一緒遊ばない?」

 高校生だろうか、いつも琉夏や琥一に絡んでくる人ではなさそうだが、今はナンパに取り合っている時間がない。

「すみません急いでいるので」
「そんなつれないこと言わないで〜どうせ今一人なんでしょ?」

 ああしつこい、とどう言い返そうか必死で考えていた刹那、ドスの聞いた低音が響いた。



「――残念だがよ、一人じゃねえな」

 そのあまりの迫力にナンパ二人組は慌てて辺りを見渡す。だが、当然彼女以外の姿は見えない。気のせいか、と息をつくまもなく、更に女王の番犬の唸り声が響きわたる。

「いいからよ、黙って帰りな――さもねえと……」
「なっ何なんだよさっきから!」

 流暢に切られる啖呵にさすがに怖くなったのか二人組は逃げるように彼女から離れた。その姿が見えなくなった頃、ようやく胸ポケットからひょっこりと琥一が顔を覗かせる。

「何だ、気合いが足りねえ奴らだな」
「でも良かった、ありがとコウ君」
「……オウよ」

 体は小さいが、相変わらず彼女を守ってくれる頼もしいボディーガードを胸に、再びとたとたと家へ急ぐ。
 と、その途中ふとした疑問が頭をよぎった。

「……もしかして、あの声私が出したって思われてないかな……」

 胸元で、クッと短く笑う声がした。








「琥一!?」
「オオ、セイちゃんじゃねーか」

 部屋に入って一番、胸ポケットから手を振る琥一とそれを指さす設楽の姿がかち合った。

「すみませんコウ君もこんな、感じに……」
「だからって何でもかんでも拾ってくるな!」
「そう冷たいこと言うなってセイちゃんよ」

 机に下ろし、ぷんすかと怒る設楽先輩に、何故か強気な琥一。そして何事か考えている紺野先輩を見る。
 これで三人、しかも自分の親しい人ばかり――となると、ルカの行方が気になる。

「コウ君良かったらルカ君探すまでここにいる?」
「……だな、こんなナリでうちに戻っても何も出来ねえ。悪いが頼む」
「……な、こいつもここで暮らすって言うのか!?」
「居候してるのは僕らも同じだよ設楽」

 三者三様にぎやかな様が面白くて思わず笑みがこぼれる。まずはルカを探して、それから元に戻す方法を考えなくては。





「それにしても……クッ」
「だからさっきから何なんだ琥一!」
「イヤ、セイちゃんによく似合ってんな、と思ってよ」
「コウ君も着るよ? タキシード」
「……あ?」
「だって人形用の服ってこういうのばかりだし」
「……」

 設楽先輩が嬉しそうなのと、コウ君が本気で絶望しているのには気づかないフリをしておこう。





(了) 2010.09.08

多分逃げた二人は「こえーよあの女諏訪部の声がしたぞ」とか言ってるに100ガバス

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