>> L'uomo uccide una farfalla



 君の名前も体も心も全部、僕のものになったらいいのに。



「ただいま―……ん?」

 いつもならすぐにおかえり、と走り来る彼女の足音が聞こえるはずなのだが、今日に限って紺野の小さくなる疑問符だけが部屋に響いた。
 彼女と式を挙げて三カ月、学生時代から収まらなかった好きという気持ちが「結婚」という約束で少しは落ち着くかと思われた。が、現実はそう簡単にはいかない。

(そうか、今日は高校の同窓会があるって言ってたな……)

 高校、大学とゆっくり膨らんでいった愛情は余りに大きく、名字が同じになった今でもなお、更に深くなっていた。最近では下手をすると、彼女を誰にも見せたくない、会わせたくないとすら思ってしまう。
 だがそんな感情を彼女にぶつける訳にも行かない、と必死に冷静さを復唱する毎日だった。

 仕方なく部屋の明かりをつけ、上着を脱ぐとソファに腰掛ける。彼女がいない、それだけで新居が随分と広く見えた。時計を見るともうすぐ十一時になるところだ。
 予定では九時に終わるから、と言っていたはずだが、二次会に捕まったのだろうか。

(……迎えに行こうかな)

 腕にはめた時計を見る。終電にはまだ余裕があるが、車を出した方が彼女も楽だろう。思い立ったが早いか、車のキーを探り上着を手に取ったその時、聞き慣れた自宅のインターフォンが音を立てた。




「すみませ―ん、先輩ちょ―っと飲み過ぎちゃったみたいで〜」

 玄関を開けてまず視界に飛び込んだのは長めの髪を左右に跳ねさせた男だった。猫のような大きな目で紺野を見上げ、人懐っこい笑顔を浮かべている。紺野ではおそらく一生習得出来ないそれに戸惑っていたが、すぐにその隣でぐたりとしている彼女の存在に気付く。

「ええと、君は?」
「ああ、っと、はば学で柔道部してました一個下の新名デス。あ〜知ってますよ、確か生徒会長でしたよね紺野さん」
「え、あ、うん」

 どうやら彼女がマネージャーをしていた柔道部の後輩らしい。同窓会から部活の集まりに発展したのかと推測出来るが、それにしても――

「紺野先輩ぃ」
「……大丈夫かい?」
「はい、もる、らいじょう」
「……はい、ストップ。全然大丈夫じゃないね」

 後輩にもたれかかるように肩を借りながら、随分と上機嫌になっている彼女を見やる。目はとろんとし、白い頬は綺麗なピンク色に染まっていた。明らかに酔っている。

「自分と嵐さんとで止めたんスけどね〜二杯でこれなんで」
「ははは……」

 乾いた笑いを浮かべる元生徒会長に、後お願いします! と頭を下げ新名と名乗った彼は姿を消した。あんな外見だが、やはり体育会系なのだろう。
 ひとしきり感心した後、幸せそうにむにゃむにゃしている彼女を背に抱えて部屋に運び込むと、何とかかんとかソファに寝かす。子供のように体を曲げ、丸くなる彼女を見ながらやれやれと息を吐いた。

「こら、二次会には行かないって言っただろ」
「うん、ごめんなふぁい……ん―」
「おまけにこんなに酔っぱらって……ほら、水飲んで」
「ん―…」

 グラスに入れた水を差し出すも、ふふ、と笑うだけで受け取る気配がない。仕方ないな、と紺野は自身の口にグラスを傾け、そのまま寝ている彼女に覆い被さるように口付けた。
 そっと開かれた口から水がこぼれ、彼女の顎を伝う。やがて咥内の水を全て明け渡してもなお、紺野はくちゅ、と舌を味わった。

「……ん、や…!」

 彼女が苦しさのあまり紺野の胸を叩く。名残惜しそうに糸を引く口元を拭い、紺野はそのままきつく結んでいたネクタイの結び目に手を添え、シュ、と左右に引き下げていく。逆光でその表情はよく分からない。だが、眇められた両目だけがひどく冷たく見えた。

「大体君はちょっと無防備すぎる」
「せんぱ…い?」
「違うだろ?」

 シン、と冷えるような空気を感じ取り、ようやく彼女の酔いが醒め始める。それを知ってか知らずか、首元のネクタイを抜き取り、そのまま彼女の手首に延ばした。

「教えたよね、――玉緒、って」
「……!」

 擦れる強い痛みに思わず視線を上に動かす。見れば、体の上に両腕をくくりあげるような形のまま、その手首をネクタイで縛り上げられていた。
 混乱の中徐々に覚める意識をよそに、紺野は片手でその手首をソファに縫いとめ、彼女の唇に自身の親指の腹を這わせた。

「不安なんだ、君は本当に魅力的で……未だに結婚出来たことが不思議で仕方がない」
「玉緒…さん?」
「やっと僕のものになった、……って思ったんだ」

 それなのに、と低く掠れた声が落ちる。

「僕の全てはとっくに君のものなのに、……君は僕だけのものに、ならない」

 何をやるにも迷ってばかりで、リーダーの資質がない自分とは全く相反する、彼女の力。周りには常に人がいて、彼女が誰か一人に独占されるものではないと改めて思い知らされる。
 もちろんそれは彼女自身の努力によるものだと分かっている。だが、腹の奥で青く冷めた炎が揺らぐのだ。

「このまま、縛り付けていられたらいいのにな」

 馬乗りになったまま白いブラウスのボタンを外す。広がる生地の隙間から白いブラジャーがのぞき、次いで寄せられた豊かな谷間が露わになる。体を屈め、その背に手を差し入れホックを外すと、わずかな隙間を作り浮き上がった。
 解放されたそれを押し上げるとふるん、と零れ落ちそうな勢いで柔らかな丸みが眼前に広がり、たまらずその根本に舌をのばす。

「ひゃ、た、まおさん、…!」
「……そう、僕はもう、君の先輩じゃない」

 ぴちゃ、とざらざらした舌の感触が谷間をせり上がり、上側の膨らみに移動する。やがてその登頂部に到達すると、固く天を向くその先端を舌で押しつぶした。
 くりゅ、と曲がるのに合わせ、彼女から短く息を飲む音がする。それが嬉しかったのか、更に唇の先で引っ張るようにくわえたかと思うと、細くとがらせた舌をのぞかせ、乳首の先のわずかなくぼみをくりくりと刺激する。

「や、なんか、へん…!」

 腕を固定されているせいなのか、まるで胸を紺野の前に捧げているようにすら感じられる。その供物をねぶるように舌は這い回り、通った鼻筋が時折谷間をかすめた。
 そうして口だけの愛撫を続けるうち、彼女の白い双丘は唾液と部屋の室内灯とでてらてらといやらしく照らされる。その様子を見て、ようやく空いていた左手を乳房に寄せた。

「はは、すっかりべたべただな」

 嬉しそうな口調とは裏腹に、紺野の目は相変わらず冷たく細まる。そのまま片手で乱暴に右胸を掴んだ。
 その大きな手のひらの中心にツンと硬く立ち上がった突起が当たり、指の合間で弄ばれるかのようにもにゅと形を変える。かと思えばその先端を親指と人差し指でつまみ上げ、こちらも口に含んではんちゅ、と強く吸い上げていく。

「あ、やぁ…! ごめんなさいもう約束、破らないから、や、ん!」
「だめだよ、これはおしおきなんだから」

 ちゅう、と胸に顔を寄せながら、タイトスカートの裾に手を差し入れる。ストッキング越しに太ももの付け根に手を延ばしたかと思うと、ぷつ、と音を立てて直に指が侵入してきた。
 びくりと震える足にも構わず、破かれたストッキングの穴は大きくなり、そこから熱い指が滑り込んでは更に綻びを広げていく。

「や、だめになっちゃ…」
「その方が君も出歩けなくなるだろ?」

 やがて綻びは足の合間全体に広がった。そこだけ破かれた、という意味が何のために破かれたのか、を言わずとも表しており、言いようのない不安に駆られる。指はためらうことなく秘部の割れ目を確かめ、二三度なで上げる。
 普段の紺野なら充分指に慣らしてから、となったのだろう。だが、今の彼にはその優しさも冷静さもなかった。
 ベルトを外す金属音、下りるファスナーの音を経て、改めて太ももを押さえつけるように掴まれる。そして下着の端を指でずらすと、熱く濡れたその欲望の先端をぴちょりとくっつけた。

「たま、おさ…やだ! いや、いやあ!」

 まだ充分に潤っていないそこに恐怖を感じ、必死に拒否する。だが、めちめちと左右の肉ひだを押し退けるようにして、ゆっくりと怒張が攻め行ってきた。
 
「言っただろ? ――おしおきだ、って」

 ぬち、と力任せに膣壁を硬くそり立つペニスが滑り、擦りあげていく。組敷かれた彼女はその痛みと、奥に生まれたわずかな快感に、折り曲げた足の指先をぴんとのばして耐えていた。
 奥まで突き上げ、一旦ずるりと抜き出す。その時、破れたストッキングのふちが紺野自身をかすり、その刺激にくっ、と短い声があがる。するとそれに呼応するかのようにその欲望が大きさを増した。

「お願い、しま、もう…あああっ!」
「何だろう……何だかすごくいけないことしてるみたいだ」

 自身の伴侶とこうするのに、何もためらうことなどないはずだ。だが、この状況に恐ろしいほどの背徳感と興奮を覚えているのも事実。
 きつく縛り上げた両手をなおも押さえつけ、上体を彼女に押しつける。紺野の胸板にその二つの山がむにゅんとつぶされ、隙間無く二人の体が重なった。その体勢のまま、腰を高く上げ一息に突き刺す。

「……ひんっ…!」

 スカートのその奥、くちくちと音をさせるその場所に、幾度と無く熱くたぎった凶器がえぐりこんでくる。既に声もなく、掠れた声を漏らすだけの彼女の上で、紺野の懇願にも近い熱い吐息だけが短く、何度も繰り返された。
 ゆさゆさと彼女の体を揺するたび、革のソファが張りつめた音をたて、時折ぱた、と落ちる汗がその生地を伝い床に落ちる。だが、ソファの上にはそれ以上にぐちゃんと泡と水音を立てる結合部があり、その異常な熱を明らかにさせる。

「好きだよ……誰にも、見せたくないくらいだ」

 だらんと弛緩した彼女の足を抱えあげ、角度を変えて突く。長身の紺野に相応しい大きさで、今は血液が収束し絶妙な柔らかさとそれ以上の硬度を保ったそれを何度も、腰をすり付けるように小刻みに揺らすうち、じゅる、と心地よい吐精感が紺野の腰を襲った。その暖かさに一瞬ぼうっとしていたが、びゅる、びゅると続けざまに発射される白濁を彼女にすべてそそぎ込まんと、腰をゆっくり回転させるように押し入れていた。







「あ、ネクタイ忘れた」

 首もとに手をあてる紺野の様子に気づき、慌てて彼の首へネクタイを結ぶ。
 向かい合い、無言で結び終えると、紺野はそっと耳元に口を寄せ低く呟いた。

「昨日ので、覚えたのかな?」
「……えっあ、の…!」

 真っ赤になった彼女に気づき、微笑みながら顔を離す。その手に鞄を受け取り、玄関を出る間際、思い出したように紺野が振り返った。

「早く――子どもが欲しいな」
「た、玉緒さん!」

 はは、と追い出されるように紺野は玄関を出、後に残された彼女はもう、と膨れてみせた。
 新婚特有の嬉しさと、――何故か、わずかな身震いが起きたことに彼女は気づいていなかった、が。




(早く、子どもがほしいな)

 彼女の子どもならきっと可愛いだろう。そして何より、――彼女の心を掴んでやまないだろう。その全てを諦めさせるほどに。
 走り出す車の中、紺野の光のない目に気づいたものは誰もいなかった。



(了) 2010.08.27

▼コンノタマオ

E めがね
E せいせきゆうしゅう
E ときどきエス
E きほんてきになんていうかあれ


うちの紺野先輩の装備品です

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