>> 借り暮らしのコンノッティ



――まあね。でも、時々こうして小さくなりたい時があるんだ



 彼女が部屋に戻ってきたのを聞きつけ、設楽はひょこりと机の一角から顔をのぞかせた。
 体が文字通り小さくなってから八日目。相変わらず原因はわからず、頼みの綱の紺野からは『黒の組織から何か飲まされたとかなかったか?』とか訳の分からないメールが来て以降連絡がとれない。

「すみません遅くなりました!」
「全くだ。また宇宙人にでも捕まってたのか?」
「あ、いえ、宇宙人ではなくて……」

 珍しく口ごもる様子に眉を寄せる。そんな設楽に気づいたのか彼女もおずおずと後ろに回していた手を設楽の前に差し出した。
 何だ? と思わずのぞき込むとそこにいたのは大変見慣れた制服に、困ったような笑顔。そして――

「……お邪魔するよ」

 紺野玉緒その人が設楽と同じ――手のひらサイズになっていた。







「いつもの様に情報交換しようと生徒会室に行ったら……その、先輩がこのように」
「恥ずかしながら、その通りなんだ」

 消しゴムに座った紺野が申し訳なさそうに頭をかく。眼鏡もそのまま綺麗に縮小されており、精巧な人形のようだ。

「何が起きたか覚えてないのか?」
「七限の授業が終わって生徒会室に行ったところまでは覚えているんだけど……ごめん、記憶が曖昧なんだ」

 結局原因は分からぬまま、三人は揃ってため息をついた。唯一事情を知っていた紺野まで小さくなってしまった。指示通り先輩の自宅宛に「生徒会の仕事で友達のところに泊まる」とメールを送ったものの、急いで元に戻す方法を探さなくてはなるまい。



「とりあえず狭いですけど、私の部屋で暮らして下さい」
「ありがとう、助かるよ」

 不機嫌、と顔に書かれていそうな設楽をよそに、彼女はいえいえと笑みを浮かべた。
 彼女が夕飯のため階下に降りるのを見送った後、既に定位置となった小型ピアノの椅子に座った設楽と、その反対側で消しゴムに座ったままの紺野が会話を交わしていた。

「しかし本当に小さくなるんだな」
「お前……俺のを見てまだ信じてなかったのか」
「いや、てっきり設楽は日頃の行いのせいかと」
「……お前な」

 何か投げるものはないかと設楽がキョロキョロする傍ら、机に置かれた彼女のカバンに紺野がてとてとと歩み寄っていった。そのファスナーの端を見てあ、と声をあげる。

「駅名キーホルダー……付けてくれてたんだ」
「駅名?」

 よっ、と嬉しそうに横向きになっていたそれを抱えて設楽に見せる。なるほど駅の看板を模したキーホルダーが紺野の腕の中に収まっていた。

「……なんだそれは」
「小石浜、別名恋し浜と呼ばれる無人駅の看板で、地域活性化のため異例とも言われる四年で改名手続きをしたと言われ」
「……聞いた俺が悪かった」

 両手で看板を持ち、嬉しそうに眺めている同級生の姿に言葉を止めた。いつかこの机にレールとか引かれて駅とか開設されたらどうしよう。
 そんなことを考えていた時、ようやく彼女が部屋に戻ってきた。入浴を終えたのか襟の大きくあいたデザインのラフなTシャツ、という出で立ちで、二人のための夕食を手に机に近付く。

「すみませんお待たせしました」
「ごめん、まさか夕食まで用意してくれるなんて」
「なんなら紺野は食べなくていいぞ」

 一瞬バチ、と飛んだ火花に彼女が気づく訳もなく、小さいテーブルに広げられた夕食が少しずつ減っていく。設楽は相変わらず優雅に口に運び、紺野の方もしつけの厳しい家だったのか、綺麗に食べていく。その姿が何だか可愛いやら不思議やらで思わず口元がゆるむ。

「……おい、何をニヤニヤしているんだ」
「あ、すみません。何だか可愛くて」
「かっ、可愛っ…!? ……ああもう調子が狂う!」
「調子悪いなら設楽の分も貰おうか?」
「う、うるさい!」

 小さくなってもそのままの先輩二人の姿を眺め、その間に紺野用のベッドや色々の準備をする。やがて夕食が終わったのを見、片付けながら机に座る二人に声をかけた。

「じゃあ紺野先輩、これからよろしくお願いします」
「うん、こちらこそよろしく」
「何か必要なものがあったら何でも言って下さいね」

 小さい二人と視線の高さを合わせるように、机の縁に手をかけしゃがみ込む。そんな彼女を机上から見下ろしたかと思えば、不自然に視線をずらして紺野が答えた。

「必要なものというか……出来ればその、……いや、何でもないよ」
「…?」

 じゃあおやすみなさい、と言葉を残し彼女は自身のベッドに横たわった。
 一つだけ蛍光灯の灯りを残す机の上で、紺野はぽつりと呟く。






「……あまり襟の開いたTシャツは着ない方がいいと思うんだよな…」

 自宅だから仕方がないとはいえ、自身がこの小ささで、その上しゃがみ込まれると自然と視線が、その、大きく開いた襟からのぞく鎖骨から、更に下に移動してしまう。

「いつもあんな格好だぞ」
「……誰もいないなら構わないけど、仮にも男が二人もいるのに……いやまあこの体じゃどうしようも無いけど、ううん……」
「……お前、あいつの父親みたいになってるぞ」


 言うべきか言わざるべきかと唸る小さな父親もどきをよそに、設楽はやれやれと呟きながら一人先にベッドに横になった。



(了) 2010.08.21

多分設楽先輩はリカちゃん人形の彼氏が着ているタキシードとかを着ているんだと予想

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