>> 独占欲の名前



「大学を卒業したら、こいつと一緒になります」


 そう言って畳の上で深々と頭を下げる嵐の隣で、その小柄な彼女も頭を下げた。柔道の試合の時にも見かけた、マネージャーとして高校時分から嵐を支えていた子だった。
 大学に入って三年目。同棲をすると言い始めた頃から、恐らくそうなるだろうと思っていたが、やはり自身の子どもが庇護を離れ、一人の男になっていく姿は嬉しくもあり、少し寂しくもある。

「……分かった。おまえが選んだ人だ、大切にな」
「……はい」

 再び深く頭を下げる。それにあわせて「よろしくお願いします」とその婚約者も丁寧な礼をした。








「……すげー緊張した」

 二人で住み始めて一年になるアパートへ帰りつくなり、嵐は肩の荷がおりたかのように呟いた。

「ふふ、自分のお父さんだからそんなに緊張しなくていいのに」
「ぜってー『まだお前には早い』とか言われると思ってた」

 はい、と差し出された湯呑みを手にしたまま、更に深い安堵を漏らす。
 卒業後の内定と日本代表が決定してすぐ、彼女との結婚を決意した。正直きっかけは無くても良かった。こいつと過ごして数年が経ち、マネージャーとしても恋人としても自分の大部分を占め始めた彼女が、今はもう手放せない存在になっていたというだけの話だ。
 俺のわがままな独占欲に名前を付けたら「婚約」になっただけのこと。

「でもとりあえずこれで挨拶は終わりだね」
「ああ。師匠んとこも行ったし、お前のとこも行った。あ、大迫先生はどうする?」
「行きたい! ……けど、ちょっと恥ずかしいな…」

 師匠からは「大切にしてるようだな」と肩を叩かれ、こいつの両親に挨拶行った時なんか、あまりの和やかさに逆に拍子抜けしてしまった。
 話を終えて帰る時、「娘はやれん!」と掴みかかられると覚悟して来ました、と彼女の親父さんに正直に話したら「それで一本取れたら私も日本代表だね」とか言ってた。なんだそれ。
 ちら、と彼女の方に視線をやるとソファに座る俺の一段下で絨毯に座り、ほっこりと湯呑みを傾けていた。何だろう、のんきって遺伝するんか?


「じゃあ、大迫先生は今度連絡とってみるね。今日はお疲れ様、すぐお風呂わかすから待ってて――」
「……いや、まだあった」

 言いながら立ち上がろうとする彼女の腕を掴む。
 師匠もお互いの両親にも挨拶は済んだ。だが、あと一人絶対に必要な人への挨拶が終わっていない。




「――俺と、一緒になってくれ」

 思えば、お互い薄々結婚の意識があったせいか、いざ決めてからも家々への挨拶ばかり考えていて、肝心の彼女の気持ちを聞く機会がなかった。
 いちいち言葉で確認する必要がないほどお互いが理解している、というのも嬉しいが、やはり最後はきちんと言葉にするのが男というものだろう。
 案の定、彼女も今の状態を当たり前に捉えていたらしく、突然の嵐の言葉に目をしばたかせ一瞬で赤くなる。そして、マネージャーの時には絶対出さないような小さな声で「……はい!」と柔らかく微笑んだ。
 その瞬間、今まで我慢していたものが一気に弾けたのが分かった。親への挨拶も終わり、彼女からも答えを聞き、ようやく全てのものからこいつが「俺のものになる」と許しを得た気分だったのかもしれない。

「……あ、嵐く……んッ…!」

 掴んだ腕を引き寄せ腰を掴むと、そのままソファに引き倒す。少し強めに口付けし、しばらくすると苦しくなったのか空いていた左手で俺の肩を叩いた。

「……ふ、」
「ぷは、……はぁ、嵐く…ん?」
「好きだ」

 驚いた様子で見上げてくる彼女に再び唇を落とす。今度は密着させず、うすらと開かれた隙間に舌を差し入れ、噛みつくように蹂躙する。あまり慣れていないのか、赤く頬を染めて懸命に応える彼女からはふ、と短く吐く息が聞こえた。
 ん、ん、と彼女が苦しげに身を捩らせるたび、顔の角度を変え唾液を貪る。やがてくちゅと音を立てて嵐の赤い舌が引き抜かれた。

「……俺も、一緒になりたい。続き、していいか?」

 せわしく酸素を取り込まんと、胸を上下させる彼女の上で答えを待つ。付き合って三年。柔道のことなら異常に気が利くのに、いざ恋愛沙汰になると鈍感な彼女に、初めてぶつけた願望。
 怖がらせたか? と一瞬不安が頭をかすめ、彼女の答えを待つ。


「……や、です」
「……!」

 思考が停止する。
 やはり早すぎたのだろうか。彼女が安心して受け止められる関係になってから、と思って我慢していたが、やはりまだ未熟な自分では彼女を受け止められないと思われているのだろうか、と無表情の嵐の心中が渦巻く。
 とにかくそれ以上進むことが出来ず、仕方なくゆっくり上体を起こす。すると、彼女が慌てたように嵐の両腕を掴んだ。

「あ、あの……」
「……ごめん。怖かったよな、俺。頭冷やして――」
「ち、違うの」

 怒られた小熊のようにしょげる嵐を見上げ、彼女は真っ赤になりながら首を振った。彼の腕を掴んだまま、一瞬惑い、覚悟を決めたかのように今度はたどたどしく、しかしはっきりと言葉にする。



「こ、――ここじゃ、いや、です」

 そう言うと彼女は手の甲で口元を隠してしまう。言われた言葉を頭の中で繰り返し、ようやくその意味を理解した時、その小さい体ごと腕の中に抱えあげていた。

「あっ、嵐くん!?」
「だめだ、俺。すげー余裕、なくなってる」

 わたわたと慌てる彼女に笑いかけ、ベッドに移動する間も顔を屈めるようにしてキスを落とす。からかうようにチュ、と音を立てさせると恥ずかしさが限界を越えたのか、黙り込んで嵐の胸を軽く叩いた。効くわけがない。
 ベッドにゆっくり横たえると、体を曲げ横から頬に口付ける。そのまま彼女の足の一方を自身の足で挟むようにして覆い被さると、手を伸ばし恐る恐るシャツの裾から手を差し入れた。

「怖かったら、すぐ言え」

 ぺたんとへこんだ腹をなぞり、ブラの上に手を乗せる。繊細なフリル越しに彼女の体温と未知の感触が伝い、恐々円を描くように揺する。 甲で塞がれた口から短い喜声が漏れ、掴んでいた胸の一カ所が硬く主張を始めるのを見、たまらず布を下に引き下げる。シャツ越しにも、ぷくりと形が分かるそれを求め、思わず彼女の服の下に頭を突っ込んでしまった。

「あっ、嵐く……やあっ…!」

 つんつんとした髪が乳房の下の方から上に這い上がってくる感触に襲われ、あわせてシャツが不自然に引っ張られるのが見える。慌てて嵐の頭に手を押し当てるが、逆に対抗心を煽る結果になった。
 その狭さと暗闇の中、吃立した乳首を手探りで探しきゅっとつまんでみる。途端に下の体がびくりと震え、シャツ越しに制止の声が聞こえた。

「ね、や、シャツ延びちゃうから、や…!」
「そうか? 俺は結構好きだ。これ」

 答えになってない! との心の叫びに気づかぬまま、もう一方の突起にも手を伸ばしくりくりといじる。やがて指が離れほっとしたのも束の間、はふりという熱い息と共に咥内に含まれてしまった。
 最初は形を確かめるように唇を動かし、次に舌先でちょんと幾度となくつつく。そしてちょっと体を起こしたかと思うとまるで赤ちゃんがするかのようにちゅう、と強く吸い上げてきたのだ。

「ひゃ、ん…」

 ぺちゃ、と音を立てて舌が動き、ちうちうと吸い上げられる。感触がダイレクトに伝わり、薄く荒れた嵐の唇が乳首の根本に熱い跡を残した。もう一方は柔らかさを堪能するかのようにむにむにと弄ばれ、時折先端をつまみ上げると親指の腹で押し込んだりを繰り返している。その動作と、普段男らしく振る舞っている嵐の姿とに随分ギャップがあり、ちょっと可愛い。もちろんそんなこと言おうものなら反撃必至なので言えるわけもないが。

「ね、もう、おかしく、なっちゃうから…!」
「……ん。そっか」

 ずりずりと服の中にあった頭が移動し、ふは、と嵐の顔が現れる。ようやく胸への愛撫がおさまったかと気を抜いた刹那、万歳をするような体勢で一気にシャツを脱がされてしまう。あっけにとられる間もなく、羽交い締めにされた上ホックを外し、ブラジャー共々ベッドの外に放られてしまった。

「あああ嵐くん何を…!」
「いや、お前の顔見たいし」

 言うなり自分も着ていたシャツを脱ぎ始め、鍛え上げられた腹筋が露わになる。何だか恥ずかしくなり目をそらすのにも構わず、今度は彼女が下に履いていたジーンズを掴みずるりと引き抜いた。
 ベッドの上には下着一枚だけ残された彼女の姿。恥ずかしげに胸を腕で覆い隠し、膝を寄せあわせる様にごく、と喉が音を立てた。

「……すげー可愛い」
「あっやっ、だめっ!」

 熱で浮かされたように呟くと、必死に膝を合わせる彼女の両足首を掴み、これでもかと言わんばかりに開かせた。抵抗むなしく秘部が露わになり、ショーツの下で肉ひだが少しだけ口を開く。
 足を閉じられないよう嵐は体をその間にねじ込み、うっすらと陰毛の映るその布に口を寄せた。むわ、とむせるような匂いが鼻をつき、たまらず舌を這わせる。

「ここ、お前の匂いがする」
「そんな、汚い、からっ…」
「汚くなんてない」

 嵐の唾液と彼女から溢れた液体とで、下着がもはや意味をなさないほどにぐしょぐしょになっていたのを見、最後のその砦にも指をかける。
 糸を引いて離れたそれを脇に落とし、今度は直に舌を差し込む。てらてらと光る茂みの奥、赤く熟れたそこにざりざりとした感触と熱い吐息が被さり、時折上部には鼻をぐりぐりと押しつけられるような刺激が来る。
 わずかな抵抗とばかりに嵐の頭を押さえるが、硬く短い髪が指の合間をくすぐるだけで、端から見れば彼女の方が彼をここに誘い込んでいるかのようだ。
 

「……悪い。俺、そろそろ無理だ」

 充分に潤ったそこと、目に涙を浮かべる彼女を見つめ、一旦体を起こす。細い足の間でカチャカチャと前をくつろげ、もどかしくジーンズとボクサーパンツを脱いだ。完全に一糸纏わぬ状態になり、彼女の足首の片方を再び掴む。

「力、抜け」

 足首からふくらはぎにその大きな手が移動し、嵐の肩に持ち上げられる。思わず浮いた腰を押さえるように、もう一方の足は太ももの付け根をがしりと掴まれたままだ。
 ふ、と嵐が息を吐き、次の瞬間その入り口にぬるりとした亀頭が押し付けられた。定まらないのかにゅり、にゅり、と滑るそれにもどかしさを感じ、思わず腰を揺らす。

「……ん。待ってろ」

 その仕草が嬉しかったのか、優しく微笑む嵐を見た直後、ミシ、と裂かれるような痛みが襲った。熱い質量を持ったそれは待つことなく彼女の奥に侵入し、やがてぴたりと収まった。
 声にならない痛みに思わず、ベッドのシーツを掴む。すると嵐が体を曲げ、彼女にそっと口付けた。

「しばらく、こうしとく。大丈夫そうなら言え」
「ん…!」

 ヒリヒリとした痛みと、下腹部がきゅんと閉まるたび中にいる嵐自身の形が嫌と言うほどに分かり、たまらず顔を赤くする。嵐の方も静かに息を吐きながら、彼女の体温を味わっているようだった。
 やがて痛みにも慣れ始めた頃、じわりとしたむずがゆさが生まれた。奥の方に生じたその疼きがたまらなく、おずおずと嵐を見上げ小さく言葉にする。

「あ、嵐くん、もう、大丈夫か、も」
「そっか。良かった」

 目を眇め、あの切ない笑顔を浮かべてみせた嵐は、そのままゆっくりと腰を引いた。ずる、と引き出される感触が背中にぞわりと電力を走らせ、思わず「あっ」と声が漏れる。一旦ギリギリまで引き抜くと再びずにゅ、と最奥を目指す。それを繰り返すうち、先走りの液体に混ざり破瓜の血が膣から溢れシーツを汚していく。
 だが、先程生まれた体の奥の疼きは消えない。

「あ、あらしくん……!」
「…ん? どした」
「あの、もっと奥に、ぎゅって…して…」

 息も絶え絶えな彼女からのお願いに、嵐は目を丸くする。しかしふっ、と短く笑うと彼女の腰に手を添えた。


「あんま、可愛いこと言うな」

 次の瞬間、緩く動いていたそれが突き刺すような強さで彼女の膣に滑り込んできた。息をのむ間もなく、掲げられた片足はおなかにくっつきそうなほど折り曲げられる。中でずちゃ、と音を立てたと思えば更に二三小刻みに突かれる。
 
「あっ、あ、や、やああああっ!」
「お前の中、やっぱ、気持ちいい」

 引き抜いては、腰を揺すりながらいやらしく押し込んでくる。途中何度か絶頂を迎えてしまった彼女に対し、普段の鍛錬の成果かありあまる体力に任せて幾度となくねじ込んできては、一向にペニスが衰える兆しがない。




「――ッ、ふッ、」

 部屋に響くのは短い吐息と、ギシ、と軋むベッドの音だけ。疲れ果て声も上がらない彼女の弛緩した体をなおも揺すり、既にとろとろに融けきった蜜壷にそそり立つそれを入れてはぐちゅぐちゅと腰を寄せた。
 
「やっと、俺のものなんだな」

 ぶるりと腰が震え、そのあまりの気持ちよさに彼女の体を押さえては、余すことなくその白濁を流し込む。こぷりと膣から溢れたそれが彼女の陰唇と太ももに飛び散った様子を見、更にじゅぷりと腰を引き寄せる。
 二人の間に邪魔をするものは何もない。その繋がりがとても愛おしく思えて、たまらず彼女の上に倒れ込む。
 柔らかいその体を抱き寄せ、嵐は言いようのない幸福感に包まれたまま目を閉じた。







 目が覚めると彼女の手が俺の頭を抱きしめていた。いつの間にか二人を覆っていたシーツの下から顔を上げる。

「……あ、起きた?」
「ん、悪い。俺寝てたな」
「寝顔、可愛かったよ」

 初めてだというのに彼女にずいぶん無理をさせたのを思い出す。自身もペースを考えずにやってしまい、挙げ句寝てしまうとは。

「無理させたよな、……ごめん」
「あ、私こそ先に記憶飛んじゃってて、その」

 お互いに謝る姿がなんだかおかしくて、どちらともなく笑い声が漏れる。

「あ、もう九時だ……そろそろ起きる?」
「いや、もう少しこんままがいい」
「だってもう……やっ」

 彼女の柔らかい胸に頭を寄せ、再びシーツに潜り込むように体を丸めた。
 もう、と小さく呟きが聞こえ、やがて包み込むような腕の感触が嵐の頭に触れたのを最後に、彼は再度眠りのふちに入っていった。



(了) 2010.08.15

この話で一番可愛いのはバンビパパの発言だと信じている

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