>> かしずけ、我が最愛



 カラコロと拙い下駄の音が僕の後ろからついてくる。



「花火までもう少しですね」
「そうみたいだね。何か食べようか」

 いつもは肩に付くくらいの髪を今日は高く結い上げ、かんざしの端で揺れる桜草の飾りがさりさりと涼しげな音を立てている。淡い藤色の浴衣を着た彼女は普段とは違った可愛らしさがあった。

「あ、わたがし! ちょっと買ってきますね」

 ぴん、と電波を受信したかのように顔を上げ、嬉しそうに走っていく。ほどなくして顔ほどもある大きな雲を持って戻ってきた。

「わたがし食べるの久しぶりです」
「確かに僕も最近食べてないなあ」

 隣で少しずつかじっている姿が小動物のそれみたいで思わず笑みがこぼれた。

「ひとくち貰うよ」

 彼女があんまり美味しそうに食べるものだから、そんなに美味しいのかと思わず興味が出たのかもしれない。
 かがみこみ、わたがしの上の方をかじってみる。案の定砂糖百パーセントの甘さで、可とも不可とも言いにくかった。

「……やっぱり甘いね」
「わたがしだから当たり前ですよ!」

 そっか―と少し残念そうな紺野を残し、彼女は器用にそのふわふわとしたお菓子を食べていく。その後もたこ焼きにリンゴ飴とお祭りの屋台からの誘惑は絶えない。
 普段と違う彼女の姿、遠く鳴り響く祭り太鼓。享楽的なその空気に浮かされながら、時間は間もなく花火の打ち上げ開始に近づいていく、その時だった。

「あ、」

 突然隣行く彼女の足が止まった。不思議に思い振り返ると、右足が不自然に下がっている。

「どうかした?」
「あ、いえ、下駄が…」

 もしやと思い足元に近づく。見れば下駄の鼻緒が片方完全に外れてしまっていた。

「……これじゃ歩けないな」
「す、すみません……」

 どうしよう。せっかくの花火なのに。
 ショックと情けなさでしょんぼりとしていく彼女をよそに、紺野はしばらく考え――くるりと背を向けるとその場にしゃがみ込んだ。

「ほら、乗って」
「え、あの、でも」
「恥ずかしいのは分かるけど、とりあえず移動しよう」

 確かにこの人混みの中立っているだけで邪魔になってしまうだろう。少しだけ間が空いて、背中に柔らかい重量が伝わったのを確認すると、紺野はそのまま静かに立ち上がった。

「せ、先輩、……やっぱりちょっと恥ずかしいです」
「大丈夫、みんなすぐに花火の方を見るよ」

 浴衣の裾を押さえ、とりあえず境内から静かに離れていく。途中やはり恥ずかしくなったのか、首に回された彼女の腕がすこしだけ緊張し、首筋に当たる息が近くなるのが分かった。顔を隠すように屈めているのだろう。その熱い息に少し困惑しつつ、何とか人の波から離れて人気の少ない林の裏手に出た。



「ふう、ここなら良いかな……」

 今はもう使われていない朽ちた神社の軒に彼女を下ろす。それと同時に遠くで花火の破裂音が響き渡った。

「あ、花火……始まっちゃいました…」
「本当だ。結構音は近いんだな」

 確かに音はすぐ近くで聞こえるが、時折空が明るくなるだけで赤や緑の閃光は見えない。どうやらこの辺りは丁度木の陰になって見えないようだ。

「ほら、足を出して」

 言われるまま裸足の足を差し出す。すると軒の一段下でしゃがみこんだ紺野が、その足を自身の膝に乗せさせた。

「ゆ、浴衣汚れちゃいますよ」
「構わないよ。こうしていないと君の足が汚れるだろ?」

 そう言うと持っていたハンカチを出し、鼻緒の切れた下駄と足を固定するように巻いていく。みるみるサンダルのように作り変わった下駄を見ながら、ふとこの体勢の異様さに気づいてしまった。
 いつもは見上げる位置にある紺野の顔がすぐ下にあり、おまけにひざまずいてその足に触れられている。姫にかしずく騎士のようなその姿は、まるで主従関係にある二人のように見えてしまい、慌ててその失礼な考えを振り払った。


「はい、これで歩けるはず――と、どうかした?」
「い、いえ! 何でもありません!」

 見れば下駄の応急処置が終わっており、彼女は真っ赤になって首を振った。こんな想像をしていたと気づかれれば、また紺野の変なスイッチが入ってしまうかも知れない。
 だが、彼女の危惧もむなしく紺野は何らかの空気を感じ取ったらしい。す、と彼の持つ笑顔の意味が変わった。




「何か――変なこと考えた?」

 急いで下ろそうとした足を掴まれ、そのふくらはぎに静かに唇が降りてくる。ちり、と冷たい感触が這い、思わずびくりと体が強ばる。
 それが面白かったのか、紺野の舌は更に奥へと進み、浴衣の裾が見る間に押し広げられていく。

「や、紺野先輩、だめですこんなとこで…!」
「大丈夫、この辺は誰もこないよ」

 なおも進行する紺野から逃れようと、更に建物の奥へと移動する。しかしそれを追うように彼も軒先に上り彼女を柱際に追いつめた。

「なんかこう……浴衣って誘われてるみたいだよね」
「先輩なんか発言がおかしいです!」

 そうかなあ、などと微笑みながら、必死に逃げる彼女の後ろに回り、体を密着させる。だめだ、完全にスイッチが入ってしまったようだ。
 先輩の長い指が無遠慮に浴衣のあわせめを辿り、やすやすと侵入を許してしまう。差し入れた手で下着をずらすと、胸を覆うように被さり、やわやわと揉みあげる。それにつれ襟がだらしなく開いていき、現れたうなじに熱い唇が落ちた。

「や、せんぱ、い…!」

 思わず身をよじる。だがそんな抵抗を意にも介さず、もどかしくなったのか襟を掴むと大きく広げ、溢れ出た乳房に両手をのばした。
 わきの下を紺野の腕が通り、表に暴かれた胸がその指の合間で形を変える。最初は優しく揉みあげるように、徐々にその先端を親指と人差し指で強く摘み、クイ、と前へ引き出したりする。
 後ろから抱きかかえられているので、紺野の顔は見えない。だが、時折漏れるような熱い吐息が、彼女の首筋を刺激した。

「ね、やめ、…もし、誰かに…あっ」
「見られても僕は困らないよ?」

 なるほど確かにこちらは肩まではだけ、裾も大きく捲れ上がり大変な格好なのに対し、紺野は少し袖を捲っているだけで全く着崩れしていない。
 ささやかなお願いもむなしく、その長い腕の一方がするりとわき腹を伝い太ももに落ちる。そのまま前の合わせをずらし、その付け根に人差し指を添わせる。

「ちょっと腰、浮かせて」

 急かされるように体を引き上げられ、それにあわせてクロッチの隙間に指が差し入れられる。陰唇の一方を越え、粘性を持つ入り口に触れると、そこがくちゅりと音を立てた。

「あ、だ、めです…! もう、ほんとに、」
「その割にすごく吸い付いてるみたいだけど?」

 その言葉通り、蜜壷はくちくちと紺野の指を飲み込み、刺激を求めてうごめいている。お腹の下の方がきゅん、とひくつくのと同時に、首筋から肩にかけてのなだらかな丘陵に噛みつくような口づけが押し付けられた。その熱さに思わず息が漏れる。
 更に指が増やされ、内壁を確かめるようにぐるりとかき混ぜられ、その合間に親指で膨れ上がったクリトリスを押しつぶす。チュ、と淫靡な水音がしたかと思うと、二本の指をまっすぐあわせぐぢゅん、と幾度も突き立てた。立てた膝が震え、古い木目に水滴が落ちる。

 ふと意識を飛ばすと、空を割るような花火の音が遠く聞こえ、それにあわせて観客や子どもの声が続いた。和やかで、楽しい花火大会の夜。
 そんな中、自らのすぐ後ろで断続的に落ちる熱っぽい吐息が、今自身の置かれている状況をいやが上にも思い知らせてくれる。
 花火と歓声に混ざる自分のやらしい声。美しく輝く花が咲いている空の下で、あられもない格好であまりにも無防備に責め立てられている。その異常な背徳感。


「……そろそろ、良いかな」

 苦しそうに息をつく彼女を柱に寄りかからせる。浴衣を捲り、突き出させた尻からショーツを指ですりんと下にずらした。何度か後ろから指を差し入れてはその入り口を擦り、彼女が短い声を漏らすのを確認すると、自身の浴衣の前をくつろげた。

「体を前にして、力を抜いて」

 必死に柱にすがりつくと紺野は両手を彼女の腰に下ろし、ゆっくりと押し上げるように体を寄せた。お尻の割れ目に熱く脈打つ肉棒がはまったかと思うと、更に奥に進む。そしてわずかに腰を引っ張られたかと思うと、その先端がにちゅと音を立てた。

「あ、や、やあああ、…!」

 一際大きな花火が上がり、真昼のように明るく照らされる。わああと続く歓声がどこか別世界のもののように聞こえ、そんな中熱い質量がためらうことなく悲鳴を上げる彼女の体を割り開いていく。
 腰を押さえつけたまま、にじりと膣内をせり上がっていき、やがてぴたりと収まる。ざわりとした紺野の陰毛が彼女の白い尻に触れ、その感触に身を捩ると、更に奥に奥にと侵入しようとした。

「っ……キツ、いね…」
「ん、んあ、あっ…! やあっ!」

 紺野は楽しそうに口元を歪めるが彼女には見えておらず、ただ上下する体を柱で支えるのに必死だ。執拗な押し込みと共に、紺野の唇が耳に触れ、音を立てて舌が這う。
 その長身に覆い隠されるかのように全身抱きかかえられ、更にピストンが強まる。彼女の胎内をむさぼり尽くすかのように突き刺し、一旦引いたかと思うと曲線を描くように緩急をつけて膣壁を滑らせる。にちゃにちゃと接合部がいやらしい音を立て、腰に添えていた手から親指をのばすと彼女の臀部をぐいと割り開いた。

「……ッ、いくよ」
「あ、んゃ、も、だめ、壊れひゃ…ん!」

 既に達してしまったらしい彼女の制止を無視し、腰を引き寄せるとがむしゃらに凶悪なそれをねじ込む。愛液が潤滑油の役目を果たすのに任せ、じゅり、じゅりと彼女を責め立てるように何度も何度も腰を打ちつけ、最後右から抉るようにぶちこんだ瞬間、じわりと言いようのない虚脱感が下半身を襲った。子宮とその腹とにもぶわりと温もりが伝う。
 紺野の額からは汗がこぼれ落ち、弛緩した彼女のうなじを彩った。
 






「……ごめん」
「……」

 これは怒ってるな―と反省する紺野の背中には、下駄が直ったのに何故かおんぶされている彼女の姿があった。

「僕もちょっとどうかしてた。ほんと、ごめん」
「……外はいやですって言ったのに」

 どうやら無理させたあげく、腰が抜けてしまったらしい。目の前にある柔らかい髪を引っ張ると、無理させた張本人が「いて」と小さい声をあげた。


「誰か来たらどうするつもりだったんですか!」
「ちゃんと気をつけてたから大丈夫、見られてないよ」

 そもそもあんな可愛い姿を誰かに見せてなるものか、と一人眼鏡を光らせる紺野に気づかぬまま、小さな姫は騎士の首におずおずと手を回した。



(了) 2010.08.12

推敲中「鼻緒の切れた下駄」と「玉緒の切れた下駄」の打ち違いが分からなくて2回くらい見逃した


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