「アンジュ」
ああ、愛しいあの人が私の名前を呼んでいる。
「アンジュ」
血にまみれた私の手を必死に取って泣きそうな声で私の名前を呼んでいる。
必死に、縋りつくように。
死なないで、と。
口から血が零れて、もうあなたが褒めてくれた声も出ない。
手も汚れて傷だらけで、あなたが褒めてくれた綺麗な手じゃない。
けど、あなたは必死に私の名前を呼んで、もう消えてしまいそうな命の灯を必死に繋ぎとめてくれている。
でも、でもね
ごめんなさい
もう息をするのも苦しくて、愛しいあなたの顔すら見えなくて、意識が闇の中へ堕ちていきそう。
『……ネ、ア…』
かすれた声。
今にも消えてしまいそうな私の声をあなたは聞き洩らさないように顔を歪めて顔を近づけてくれる。
大好きな私を見つめる目。私の大好きな人を慈愛のまなざしで見つめる目。
私を好きだと囁く大好きな声。髪。全部大好き、愛してる。
けれど、もう
――きっと
握られていた手でそっと彼の頬に指を滑らせる。
私の血が彼の顔に付着するのを見て、かすかに微笑んだ。
それを見た彼がはっと息を呑み、目を細めて涙をあふれさせた。
『―――ずっとあなたのこと……』
伸ばしていた手がすると落ちた。
彼の手を取った時からずっと覚悟してた。
していた心算だった。
けれど実際はこんなにも苦しい。
でも、こんなにも満ち足りてる。
ずっと彼だけを見つめていたあなたが今はこんなにも私を見ていてくれる。
――願うなら、私の死があなたの心に漣がおこしますように――
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