たぶんこの人は私の喉に寄生型イノセンスがあることを聞かされてない。
ただ、それだけが唯一の救いだった。
「まあ、オレも今回は別件で動いてんだけど」
首を絞められていた手がどき、一気に肺へと空気が流れ込み、咳込む。
「千年公から見つけたら連れて帰れって言われてるからさ」
ごほごほ、と咳込んだまま立ち上がれずにいると突然ティキに肩へと担ぎ上げられる。
「…アレを回収しにいかないとな」
『……』
独り言のように呟いたのを聞いてゆっくりと瞼がおりた。
***
暫く、ざっざっと、竹林を歩く音がした。
そして、
「スー…マン…?」
聴こえた声に目を開けた。
ティキによって地面へと静かに降ろされ、上半身を起こす。
振り返ったアレンの顔は傷だらけだった。
でも生きてる、と安堵する。
「ノ…ア」
「おいで、ティーズ」
アレンの前を見ればなぜか大きな血だまりがあった。
そして静かにいったティキに反応したように、その血だまりから蝶が次々と現れ、驚くアレンを通り過ぎ、ティキの掌へと集まり入っていく。
それを口元を歪めティキは受け止める。
「まぁまぁデカくなったかな」
掌を見つめ、そう言うとそこから生えたように出てきた大きな蝶。
顔の付いたそれは不気味に笑い不安感を誘う。
ティキはそれにキスを落とす。
「バイバイ、スーマン」
「お前…!?何した…っ」
目を怒りの色に染めるアレンと目が合い、アレンの瞳が大きく開かれる。
「アンジュ…!?」
「はれ!?お前…っイカサマ少年A?」
「は?」
驚いた様子でずい、とアレンに顔を近づけたティキ。
よくわからない呼び方をされたアレンに前に会ったことがあるのか、と記憶を巡らす。
「ああ、そっか。今のオレじゃわかんないよな。てかお前もしかしてアレン・ウォーカーだったりするの?」
先程の血だまりの主はきっとスーマンという人物なのだろう。
そのことを気にもせずに自分のペースで話を進めるティキにアレンが左手でティキの頬を打った。
「ふざけるな。スーマンに何をした…っ!?アンジュにまで…っお前が殺したのか、答えろ!!」
なぜか打たれたことに驚いた様子のティキ。乾いた笑いを零す。
「そりゃ敵なんだし、殺すでしょ?」
地面に座り込んだままのアレンに合わせるようにティキもその場に胡坐をかく。
回らない頭で必死にこの状況を打開する方法を考える、がアレンもすでにボロボロ。私もティキには勝てない。勝算がない。
「ま!オレの能力知ったところで逃げらんないし、教えてやるよ。よく聞けな、少年。あ、あと姫さんも。」
ティキが先程の蝶を手に止まらせる。
「こいつはティーズ。千年公作の食人ゴーレムだよ。蝶なところはあの人の趣味な。
こいつらは人間を喰うほど繁殖して増えてく。でもこれはコイツらの能力であってオレんじゃない。ティーズはただの道具。オレの能力はこれ」
次の瞬間に起こったことに一瞬頭が追い付かなかった。
「大丈夫。痛みはないよ」
『アレン!!』
ティキの腕がアレンの胸を貫いていたのだ。
「オレが触れたいと思うもの以外、オレはすべてを通過するんだ。だから今もしこの手を抜きながらオレが少年の心臓に触れたいと思えば、刃物で体を切り裂かなくてもオレは少年の温かい心臓を抜き取れるんだよ」
ティキの瞳が狂気に染まる。
「生きたまま心臓を盗られるのって、どんな感じだと思う?
少年の仲間もこうして死んでった。少年も死ぬか?」
ここからはうつむいているアレンの表情は見えない。
が、顔を上げたアレンの顔を見てなぜか安心してしまった。
彼の顔は恐怖にも絶望にも屈しておらずただまっすぐな眼をしていた。
それを見たティキはぱちくりと目を瞬かせると手を抜く。
「盗りゃしねぇよ。このままじゃオレの手袋汚れるもん。だから普段はティーズを手に付けて喰わせてんだ。
スーマンはちょっと協力してくれたからすぐ殺らずにティーズを仕込んで苗床になってもらった…おかげで少し増えたよ」
ティキは加えていた煙草をぽい、と地面へ投げ捨てると傍に浮遊していたトランプカードを手に取り、微笑みかける。
「オレ、今とある人物の関係者を殺して回ってるんだけどさ、
少年はアレン・ウォーカーか?」
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