灰色歌姫 | ナノ


  







水の底へとどんどん沈んでいくような感覚。

黒い闇に沈んでいく私の体の中から空気が溢れて登っていく。
溢れたそれに手を伸ばそうとした時、ふと声が降ってくる。



「 アンジュ、歌って! 」



幼い頃の数少ない確かな思い出。
一つ年上の男の子に手を引かれて連れ出された青空の下で大きく育った木に引っ張ってもらいながら登って、よくその子のために何てことのない子守唄や街で流行っていた歌を歌っていた。

ちら、と隣に座る彼を見てみると
気持ちよさそうに太陽の陽を浴びて体を左右に揺らしながら聞いてくれる彼が大好きだった。


「やっぱりアンジュの歌好きだなぁ」


そういって私のことを見つめて笑ってくれるのが大好きだった。

だから私は歌が大好きだった。

私が歌を歌っている時だけは彼は私だけを見ていてくれる。


 


夢の中の彼が私に向かってふわりと笑いかけた。

彼の私だけに向けられた頬笑み。
この時だけ、この場所でだけ私は満たされていた、
__今この時までは


『 …ア…ッ 』


かれの名前を呼ぼうと唇を動かそうとした時、うまく喉を動かせずに呻く。

とん、と額に誰かの手が充てがわれ、視界が塞がれると同時にぐっと押され、私の体は闇に沈んだ。



嗚呼、まって、私
好きも、大好きも、愛してるも、



『 まだ最後に、貴方の名前すら呼べていないのに___ 』



閉じたはずの瞼に最後に映ったのは、愛しい彼の泣き顔だった。
この時の私は、もう愛しい彼の隣に立てないという悲しみよりも、私を失ったことで感情を乱してくれた彼に嬉しさを隠せずに最期の最後に微笑みを浮かべることができた気がしたのだ。


***







『本当にごめんね、ちゃんと入り口を憶えてなくて…』



まん丸の月が空に浮かぶ夜。
雲ひとつない空に浮かぶ明るい月が私の髪が反射して眩しいのか、隣に立つアレンが少しだけ眩しそうに目を細める。

教団の門まで向かうにはやはりこの崖を上るしかないのか、と思い私はため息を吐いた。



「しょうがないですよ、他に道もみつかりませんでしたし」



自分の不甲斐無さにうつむくアンジュ。昔とはいえ、数度訪れたことのある場所を忘れるとは。
…そういえばクロスに連れられて来たときはいつも居眠りしてしまっていたような気がする…。んん、でも…。

白髪の少年、アレンはなにか考えるそぶりを見せるとアンジュに背を向けて地面にしゃがみ込む。



『…?』
「アンジュ、荷物を持って僕の背中に乗ってください。落ちないようにちゃんと首に腕を回してくださいね」
『まさか私を乗せて上るつもりなの?』




が、アンジュは予想もしてなかったアレンのだした答えに驚いて首を横に振りながら一歩退く。



『大丈夫だよ、私一人でも登れるとおもうし、』
「もし落ちてしまったらどうするんですか!大丈夫ですよ、アンジュ一人くらい余裕です。だからほら!」




しゃがみながら「ほら、早く乗ってくださいと」こちらを見上げるアレン。
もう一度目の前にそびえ立つ断崖絶壁を見上げる。うっ、と思わず顔を青くして喉をならしてしまうと、下でアレンが少し笑ったのがわかった。


『…わかった、その、ありがとう』



荷物をしっかりと背負い、アレンの肩に手を回し、背中に乗る。それをアレンは確認するとスッと立ち上がってアンジュを持ち上げる。



「ちゃんと掴まっててくださいね」
『うん、わかったわ』




ギュ、と言われるままにアレンの首に腕を回した。








 

 
 





 


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