灰色歌姫 | ナノ


  








***





「はじめまして。本日からキミたちを監視することになりましたハワード・リンク監査官であります
これはお近付きの印に私が焼いたパンプキンパイです。よかったらどうぞ」


アレンとリナリー、ラビとミランダで食堂で食事をしていた時、
金色の髪をぱっつんに切りそろえられ、額の中心に二つ黒子の並んだ男性がパイを両手でアレンに差し出しながら現れた。
その人はアレンと、リナリーの陰に隠れている私を交互に見やる。
すでに一緒に囲んでいるテーブルの上にはアレンが食べた料理の皿が積み重ねられている。今もティムキャンピーと一緒に大きなタコさんウィンナーを口にしていたところだった。


「よろこんでいただきます」


なにも疑うことなくフォークを大胆にパイに突き刺したアレンを隣に座っていたラビが慌てて止める。

「恐縮です」
「まてアレン食う前につっこめ!」

百歩譲ってパイを差し入れてくれるのはとてもいい人だと思う。とてもおいしそうだし。じゅるり。
でも今ハワード・リンクと名乗ったこの人はアレンを私を”監視する”とそういったのだ。
じ、とリナリーの陰からその人を覗き見る。
かすかに震える手でそばに置いてったティーカップに手を伸ばす。がそれを監査官、リンクに悟られないようにして口元へと持っていき口元を隠すように紅茶を飲む。

隣に座っていたリナリーが顔を青くさせてすぐに席を立つと室長室がある方向へと走っていってしまう。

私も空いた席にリンクを座らせようとして席を立つと、対面に座るアレンに少し寄ってもらってできた空間に腰を下ろす。
それを見届けたリンクが待っていたように口を開く。
それは全部がアレンに対してのもので執拗に14番目、ノアの歌姫と口に出していた。中央庁は私たちを、もしかしたらクロスまで”14番目”の関係者だと怪しんでいることは明確だった。

リンクの持って来たパンプキンパイの残りがわずかになった頃。


「”14番目”?」
「ノアの一族から抹殺されたノアのことです」


リンクが”14番目”、ネアのことを語る。
それはヒトが語るごく一部の情報だった。


「正確な姓名がわかっていないのと元来13人であるノアの一族にその人物は14番目として生まれたため、”14番目”という通り名で呼ばれています」

「そして」

「”14番目”よりも謎に包まれている”ノアの歌姫”の存在」


息を飲みそうになって寸前で止まる。


「千年伯爵やノアの一族に隠れされた”歌姫”」


ネアは”14番目”と呼ばれることを嫌がっていた。嫌がらせでつけられた渾名を気にいるわけがなかったのだ。
あの人はひどく”14番目”と呼ばれることを嫌っていたから。
リンクは一通りの情報を開示すると、アレンと私の様子をじいと監視するように見つめる。
視線を逸らさないまま、ぎゅうとテーブルの下で両手に力を入れる。


「それと僕たちの監視とどう関係あるんですか?」
「……まず」


リンクはごそっとテーブルの下を漁るような仕草を見せると、次の瞬間にはテーブルの上にどすんと音を立ててものすごい量の書類を置いた。
どうやって持ち上げたんだろう…



「いくつかの質問に答えて頂きます。書面におこしましたので明日の朝までにすべて記入してください」
「多ッ!?」
「どんだけあるんですか」



思わず積み上げられた書類の一部を撮って見ているアレンの手元を寄って覗き込んで見る。


「あいやーーびっしり!一晩でおわんの?」


私の心の中の声をラビが代弁してくれる。
そんなラビをリンクが見つめて、口を開く。


「ここはうるさいので書庫室に移動しましょう」
「えっ書庫室に朝まで!?」
『……え』


この量、朝までに処理ができるのかすごく不安になってくる。
思わずアレンの腕をぎゅうと握ってしまうと、アレンはまるで私を安心させるかのように手のひらの上に手を重ねて、それからゆっくりと話させると、立ち上がったリンクに合わせてアレンが立ち上がる。
二人が大量の書類を二つに分けて持っていくのを後ろからついていく。さらっと持たせてくれないの複雑…。


「じゃあオレも本読みに…」

「遠慮してください」

「ごはん食べれるんですよねこれ!?断食じゃないですよね?」


慌てて二人を追いかけるとラビが着いて来ようとしたのをリンクがぴしゃりと断る。
アレンは書類の量よりも朝までごはんが食べられないことがいちばんの問題とでもいうように慌てふためいているのを見て思わず苦笑いが溢れる。
私だけ何もないのが嫌で、首を横に振るアレンから少しだけ書類を奪い取った。



「アレン・ウォーカー!」
『アレン、そっち書庫室じゃないよ!』

「あれ?そうでしたっけ?」



まっすぐいくはずの道を右に曲がってしまったアレンの背中にリンクと一緒に声をかける。
アレンの方向音痴はきっとずっと治ることないんだろうなぁと思う。


「なんだこのシケた酒はあーーー!!」


アレンが曲がった先の部屋からクロスの声が聞こえて来た。
こちらに戻って来ていたアレンが再び廊下の先の部屋に目を向ける。それを見たリンクが独り言ちる。

思わずアレンについて部屋の中を覗き込めばそこにはクロスと、クラウド元帥がワインを煽っていた。
そばにはワインを抱えて後ろに控えている護衛と、クロスの前で床に膝をついて土下座をしている。


『……なにこれ…』


呆然とする私の横をアレンがスタスタと通り過ぎる。
思わずアレンについて部屋の中に足を踏み入れるがアレンは止める暇もなく、クロスとクラウド元帥の元へたどり着くと、アレンは抱えていた書類の束をクロスの頭の上に落とした。


「おお馬鹿弟子、何してる」
「それはこっちのセリフですよ。やっと見つけたと思ったらこの飲んだくれ」
「なんか用かよ?」


怒るアレンにクロスは屈さずに飄々としている。


「ウソウソ。楽譜のことだろ」


ぼそ、っとつぶやいたクロスの言葉はきっと部屋の外にいるリンクにも、部屋の中にいる護衛の人たちにも聞こえていないだろう。


「悪いなアレン」
最後に私に視線を流して呟いた
「…あまり自分を拒絶するなよ」と

核心めいた言葉に続く声を待つ間も無く、アレンは両手を二人の護衛に拘束される。私は息を吐いて、自ら部屋の外へと足を進める。


「君たちとマリアン元帥との面会は禁止されました」
「はあ?」
「これは教団命令です」
「そんなっ、なんだよそれ!」

「君たちは今、教団から疑われているのですよ。”14番目”の”ノアの歌姫”の関係者として」



アレンが吠えるように言うと、リンクが冷静に、圧をかけるように言い放つ。
思わず体をぎし、と軋ませる。

上から押さえつけられるような感覚に、息を吐き出す。
今にも不安に押しつぶされてしまいそうだ。

とぼとぼとアレンとリンクが会話しながら進む後ろをついて歩く。

俯いた先に見えた自分の髪を掴む。

この髪の長さも。よく自分の髪を三つ編みにするのも。膝下のスカートを好んで身につけるのも、好きな食べ物だって、全部が全部、ロードの言う通り、私が記憶をなくす前の”ノアの歌姫”そのものなのだ。
私の全部が歌姫の後をなぞってる。

今のこの私が、本当の私だと、そう胸を張っていえるだろうか。
今の私はとても不安定で、ふわふわと浮いてどこまでも飛んで行ってしまいそうだ。
_気持ち悪い。

私は、自分で選んだ道を歩けているのか。
私は、知らないだけで、”ノアの歌姫”が敷いたレールの上を歩き続けているのではないのか、
考えれば考えるほど、底の見えない沼に足を絡め取られてもう戻れないような気がする。

認めたくないのに、認めざるを得ない。
見たくないのに見せられる。
聞きたくないのに聞かされる。
開けてはいけないパンドラの箱を無理やり開けさせられるような感覚。

教団の家族を殺したノアが憎いと、そう思っていたはずなのに、
ノアが愛しいと、会いたいと願ってしまう。

そんなこと、あってはならないはずなのに。

自分の考えが、歌姫の考えが、混ざって掻き回されて一つになろうとしている。
拒絶するな…?そんなの無理だ。自分じゃないものが自分の中に居座っているのが、気持ち悪くて気持ち悪くて仕方がないのに、


『……わ、たしは』

 
私は、一体
どこにあるのだろう___
 
 










 
 
 
 
 


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