失ってしまった仲間たちを再び取り戻した後、アレンの手によって江戸に接続された方舟を解除する。
そして江戸に残されたままだったミランダたちを乗せ、方舟はアジア支部、そして黒の教団本部へとつながり、
帰ってきたのだ。
やっと。
笑顔を浮かべるコムイ、リーバー班長、ジョニーたちが出迎えてくれた。
ああやっと、帰ってきたのだ。あの笑顔で願った未来が叶うのだ。
***
ホームに帰った途端、たくさんの傷を負ったエクソシストたちは早々に病棟へと押し込まれた。
そんな中、みんなが寝静まった静かな病室で、音を極力立てずにベッドから降りる。
もう婦長も見えないし、大丈夫。
方舟の中で捻ってしまった足首はどうやら折れてしまっていたらしい。
あんな状況だ、緊張で痛みが和らいでみたいで動けていたのだと婦長に言われた。
固定された右足首をかばいながら、松葉杖をつきながら病室を出たところでアレンと出くわした。
『……アレンも眠れないの…?』
「…うん、そう。アンジュも?」
そこから、何も話すでもなく、杖をつく私の前に立って膝裏に手を添え、そのまま私を抱き上げた。
松葉杖がカランと音を立てて廊下へと落ちる。
抱き上げられ自然と密着する体。無言でアレンの首筋に額を埋めた。
自然と足が向いていたんだろう。
方舟の、あのピアノの置いてある14番目の、ネアの秘密の部屋へと足を踏み入れていた。
アレンは私を抱いたまま、ピアノに背を向けるようにして椅子に座る。
「"そして坊やは__…"」
旋律にのせて詩を歌うアレン。
止まる。
続けるように私が代わりに唄う。今は自分の、ここにいるアレンのために。
アレンは私の唄を目を閉じて聴いている。
抱いたままの私の手を取って指を絡めながら。
最後まで唄い終われば、アレンは目を開き私の目を覗き込みながら
私の目の色を確かめるように眺めて私の頬を指で撫でる。
「これって子守唄だよね、アンジュ」
『…そうだね』
「この詩を読むと頭の中で曲になって聴こえてくるんだ」
頭の中に誰かがいるようなそんな感じで。
そう呟いたアレンに彼の頭を、髪を梳くように撫でる。
うん。きっと私の考える通りなんだと思う。
アレンの中には14番目のノアの記憶がある。アレンは、ネアの宿主なのだ。
それでアレンの疑問には説明がつく。ついてしまう。
「…気持ち悪い…」
思わず漏れてしまった言葉と共に、アレンは私を抱きしめる力を強めて私の肩に顔を埋める。
私は私のまま。
アレンに恋をしたただのアンジュ。
あの時、流れ込んできたものを、歌姫の記憶を自分の思考だと勘違いしていたのだ。
あれは他人の思考。
_私のものじゃない。
私はただ歌姫の記憶をただ"見ただけ"。
ネアを恋しく思う気持ちも、全部が歌姫のアンジュの記憶で、私の記憶じゃない。他人の記憶。
他人の気持ちを、自分の気持ちだと勘違いして居ただけ。
だってそうじゃないと…私は
「僕は…ちゃんと自分で道を選んで歩いてるんだよな…?」
今歩いているこの道は、歌姫の決めた道じゃない。
「そんなんじゃないよな、アンジュ…?」
__ただのアンジュである私が選んで歩いて、アレンを好きになって、アレンを愛おしく思って、アレンと一緒に生きたいとそう願ったのだから。
まるで私がそこにいるのを確かめるかのように抱きしめる力を強くするアレンの髪を優しく触る。
「どうしてだよ…"楽譜"に描かれてる文字……
僕とマナが昔ふたりで造った文字なんだ」
触っていた手が止まった。
「ずっと忘れてた……
僕とマナだけが読める文字……子供遊びの暗号だよ」
なのに、と続く。
なんでアンジュは、と呟いて止まる。
規則的に聞こえてくる寝息。
『_私、アレンのことが好き。大好き』
嘘じゃないの。これだけは嘘じゃない。
他人の記憶を見せられて感情移入をしてしまっただけなんだ。
歌姫なんて知らないし、私にはいらない。
私には、もう大切なものがたくさんある。
『これ以上、私に変なもの見せないで__』
耳元で聞こえる、歌姫の名前を囁く声。
聞こえないように耳を塞いだ。
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