灰色歌姫 | ナノ


  




 
夢に出てきていた。
夢じゃ、なかったんだ。



『…ロード』
「ん?どうしたのぉ?」




気付いたら、さっきまでいた場所とはまた違う場所にいた。
こじんまりとした丸いテーブルに、まるでこれからお茶会を開くかのようにティーセットが置いてある。
白いクロスが引かれたテーブルに頬杖を突きながらこちらを見上げるロードに毒気が抜かれてしまう。



「あっちだとリナリーとか人間に邪魔されちゃうからこっちに来てもらったんだぁvV」
『…話って、』

「アンジュはもう気付いてるんでしょぉ?」




夢に出てくる彼…ネアとの関係も。
…目の前にいるロード、ノアの一族との関係も。でもそれは、



「あのとき、ジャスデビたちと対峙する前に泣いたんでしょぉ?アンジュ」
『……』

「それが何よりの証拠なんだよ」




私の記憶を覗き見たのか、当たり前のように知られていた事実を受け入れる。
ロードの言いたいことを先に言ってしまう。


『…私の中に、貴方達と同じ、ノアのメモリーが、歌姫がいる。そういうことでしょう?』
「そーだねぇ。でもちょっと違うなぁ」



ロードが少し考え込むようにしてから、口元に指を添える。



「アンジュのその良い方じゃぁ、アンジュとは別の人格が自分の中にいる、みたいな言いかただけどぉ違うよ?」
『……、』



−ドクン、と大きく心臓が動く。



「先代の歌姫とアンジュは同一人物。しゃべり方も仕草も全部、僕から見たら同じなの」



――記憶が壊れてるだけなんだよぉ、アンジュは

ロードが私たちを隔てていたテーブルに膝を立て、こちらに体を乗り出してくる。
彼女のしなやかな手が私の頬へと伸びて、頬を撫でたと思うと額にかかる髪をさらりと払う。


「夢を見たんでしょぉ?それはアンジュ自身の記憶。知らない記憶を見てるんじゃない、思い出してるだけなんだよぉ」
『―−―やめて、』

「本来なら転生しても受け継がれるはずの歌姫の記憶が欠落した可哀想な僕らの大切な歌姫さま
きっとその喉にあるイノセンスの所為だよねぇ?」

『違う!私は…!』


本来なら、ノアは生きているうちに次なる宿主を探し、メモリーを植え付ける。


でも、歌姫は違う。生きているうちに次を探すことをしない。歌姫は死んだら勝手に次に生まれおちる。記憶をもったまま。最初の歌姫が死んだ17になると体の成長を止めて、殺されない限り半永久を生きる。

本来ならノアでも転生をした際には以前の記憶はない。一部魔眼を持つがゆえの例外もいるが…



それじゃあ”私”は、あんなにも愛おしいと思っていた人を忘れていたというの。

生まれた時から一緒に過ごしてきたあの二人を、あの十七年を。

七千年を生きていたのに、流れ行く時代と記憶をなくして転生するノアたちを眺めていただけの歌姫を、
初めて無関心の人形だった私を愛して、ヒトにしてくれた。

夢の中で鮮明に浮かぶあの人の顔、


「アンジュ」


今もまだ覚えている、愛しい人の声が頭のなかに響いた。
ずきん、と痛み出した頭を抱えてうずくまる。

同時に、失くしていた記憶が、"歌姫"の、私の彼と生きた記憶が流れ込んでくる。



 蒼く輝いていた瞳が今は金色に鈍く光る。




それをみたロードが嬉しそうに口元を歪めて嗤う。


__違う
私はアレンが好きで、ずっと彼の隣で戦いたいと、守りたいと、一緒に生きていたいと願った_


 瞳の色が混在し、頭を片手で押さえ、椅子からずり落ちたアンジュの様子を見てロードが目を細める。


それじゃあ、”私”が願った彼の幸せは…?未来は?
全部幻だと切り捨ててしまうの?

 ただ一人、歌姫を、愛してると言ってくれた人を?



『わ、”私”は、』



ねあ、ネア、ネア、嗚呼こんなにも愛おしい。

名前を呼ぶだけで愛おしい、笑いかけてほしい、微笑みかけてほしい、触れてほしい
転生した後も”私”を愛してくれると言ってくれたあの人に、
ずっとずっとずっと――”私”は貴方の為に死んでしまっても其れが”私”の幸福だと思っていた。どうせ”私”はまた生まれるのだ。

狂おしいほど愛してる。
そう心臓が、心が、身体が叫ぶ。


『ただ、もう一度、彼に、会いたい―――』



でも、アレン―――アレン、一緒に生きたいと願った人。
こんな狂った世界で、弱くて誰の役にも立たないと思っていたのに、彼は私を必要だと、好きだと囁いてくれた。
優しくて、儚くて、それでも強くて、私のとっても大好きな人。
私の手を取って一緒に立ち上がってくれる愛しいヒト。


ノアの歌姫。千年伯爵と同じ、方舟を操る力を奏者の資格をもつ歌姫。
けれど一度もその力を行使したことのない歌姫。

ノアに愛されてノアを愛して歌い、謳い、唄う姫。
ただただ七千年愛する家族と共に生きてきたノアの姫。

愛した人と共に愛した家族を裏切って、愛した家族に殺されて、愛した人に看取られた可哀想な私。


ただ、ただ愛しい人の為にわたしは世界の終焉を謳う。







ネアが愛しい、名前を呼んでほしいと彼を探さなきゃと身体が、記憶が疼く。


『−―違う、わたしは…』




___歌姫なんて、知らない。
私には必要ない、いらない。知りたくない。
これ以上、私に変なものを見せないで、私には教団のみんながいるんだから


『__これ以上…!私の中に入ってこないで…!!歌姫なんて知らないのよ…!!』


喉に居座る神が、ひどく熱を持った気がした。
 
 


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