水槽じみた浴槽に沈みこむ。生温い温度をぼんやりと肌に感じた。
 生温いお湯に黒髪がゆらゆらとたゆたい、項や背中をくすぐる。笑うなんてことはしなかったけれど、それでもくすぐったいことに変わりはない。髪が、特に毛先部分が当たる場所がむず痒かった。

 顔をざばんと沈めしばし静寂。けれど、だんだんと体内に残る酸素は薄れ呼吸が困難になった。思わず口を開けば、そこから漏れ出した酸素がコポコポと泡になって浮かんで――消えた。
 ごくん。口に入ってきたお湯を思わず飲み込んでしまった。汚いきもちわるい。

「        」

 そんな時にまで浮かぶあの人の顔。それは決して優しいものではなくて、人をいたぶって喜ぶ凶悪なソレだった。
 体中に出来た鬱血痕に手を這わせ、そっと撫でる。痛くて怖くて、どんどん醜くなっていく己の体に涙を流したこともあるけれどそれ以上に――


「なに。死ぬの? あんた」

 唐突に響いた声に思考が中断された。そちらへ顔を向けるよりも早く、体から熱が奪われる。寒い。

「別に死ぬのはあんたの勝手だし正直どっちでもいいんだ。だけど、ここは俺の家だし何よりアイツが悲しむ」

 淡々と言葉を紡ぐ彼は、私の腕を掴み、お湯に沈みこんでいた私の体躯を引っ張りあげたのだ。私が死なないように。
 余計なことを、とは思わない。彼は私の身を案じ行動を起こしたのではなく、ただ彼の大切な人のことを思って行動を起こしたのだ。そこに私の口を挟む権利など存在しなし、挟むつもりもない。



(2010.07.19 めびのssを少し訂正して)






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