どろどろの血液みたいに真っ赤な太陽があたしと欠落男子とを照らして、道路に真っ黒い影をほっこりと焼き上げた。あたしより頭一つ分身長の高い欠落男子の影は、当然だけれど、あたしよりも伸びていた。何だか憎らしかったからその後輩の影を踏んだなんてご愛嬌。「何するんですか」って欠落男子はあたしを見たけれど、知らんふり。

 それからは二人で無言だった。世界にはもとより言葉が存在しないんじゃないかっていうくらいに二人で黙りあいっこ。烏の鳴き声と風の吹く音、車のエンジン音が無かったら言葉どころか音すら無いと錯覚していたかもしれない。何よ、もう。欠落男子の表情を伺うのが何だか怖かった。

「あ、あそこです。おれの家」
「――え? ああ、あのクリーム色のお家? あ、何かケーキ食べたいな。レモンパイとか美味しそう」
「そうですか」
「……君、何かあたしのあしらい方上手になったね」

 この真っ直ぐに伸びる道を歩ききったら欠落男子のお家らしい。ふーん、ふーん。二人そろってまた黙りあいっこして気まずくて、あたしは「じゃああたしも早く帰りたいし、急ごう」スピードアップ、しようとしたのに。

「なあに、この手」
「ねえ、先輩」
「あたしの話は無視なのね……。何よもう」
「ねえ、先輩。さっきレモンパイ食べたいって言ってましたよね。――レモンパイ、食べます?」

 何故レモンパイ? そう口を開く前にあたしの身体は欠落男子によって引っ張られ、支えを失って、バランスがどこかにいっちゃって、唇に柔らかい何かが当たって、息苦しくなって、酸素……酸素は、どこか。

 どろどろ血液色の太陽はもういなくて、あたし達が重なり合うなんていう恥ずかしい影は出来上がらなかったけれど、それでも唇と唇でちゅーをした事実は消えてはくれない。

「…………何、これ」
「おっかしーなあ……ファーストキスはレモン味! 聞いたこと、ありません?」
「あのね、そうじゃなくて――」

 おかしいおかしい、おかしいなあと繰り返す欠落人間に文句の一つを言ってやろうと思った。確かにファーストキスではあるけれど。そこは否定できないけれど。それでも、ああ、もう! 頭の中がぐちゃぐちゃで真っ白で訳が分からない、のに。

「好きです、珠子さん」

 不意打ち。

「おれ、ずっとずっと先輩じゃなくて珠子さんって呼びたかったんです」

 ずるい。

「好きなんです」

 区切るように一個一個紡ぎだす言葉にはぬくもりがいっぱいこもっていた。そんなに真面目な顔しちゃって、いつものふにゃりって顔はどこに置いてきたのよ。調子が狂っちゃうじゃない。

「馬鹿が感染しちゃうよ?」
「珠子さんがうつしてくれるものなら何でも大歓迎ですよ」
「ばあか」

 でも、受け入れちゃうあたしはやっぱり馬鹿みたいだ。


 二度目のちゅーは少しだけ甘い味がした。



// 欠落キス

(101203)





超展開すぎるうわあ…
冒頭の文は別に思い浮かばないからダッシュ使ったわけじゃないもん(だむだむ)
別に後輩くんを先輩さんが怪我させて送ってたって設定なわけじゃないもん(だむだむだむ)
ねむいクオリティかわいそう