先輩ってほんと、――――ですよね。

 嗚呼もう。そんなの街中でスーツ着て髪色を金色に染めちゃって、シルバーアクセサリーをじゃらじゃら付けちゃってるいわゆるホストさんが配るティッシュ並みにどうでも良いことじゃないの。

 バスの中、あたしの前で自分だけ座っている後輩。レディーファーストが家出しちゃってるなんて男としての何かが欠落しちゃってる。ふにゃりって頬を緩めて笑ってもあたしの中のあたしオブアメリカンは君を到底許してはくれません。大体、どうして先輩であるあたしが立って後輩である君がゆったりと腰を下ろしているのかが理解不能。脳みそがどろんどろんに溶けちゃいそう。メルトダウンしたら絶対にこの後輩の所為。

「あたし馬鹿だから分かんない」
「ですよね。先輩ってほんと馬鹿ですもんね」
「うっさいぞ欠落男子」
「何ですかソレ」

 正式名称は、レディーファーストとかいろいろなものが欠落した男子なのだけれど長いから省略。そんなことは露も知らない君は何度も何度も「先輩ってほんと意味不明ですね。おれ、そろそろ先輩の馬鹿さが感染しそうです」と言っていた。反論しようにも、この欠落男子は何とまあ学年一位の脳みそをお持ちらしい。世の中本当に分からない。

 バスがバス停に止まった。何とかっていう駅。あたしの家の近くのバス停から大分離れた、この何とかっていう駅は欠落男子の家の最寄駅だった。あたし、何でこの欠落男子を家まで送っているのかしらん。そんな些細な疑問は地球を三と四分の一周回って廻ってあたしの心の中に帰ってきた。帰ってきた頃には何故か引きこもりになっていて、自室警備員をやるって言い張ってなかなかあたしの中から出てこない。

「さてさて後輩くんよ」
「何ですか、先輩」
「あたし、そろそろ帰りたいんだけどなあ。ほら見て。あんなにお空が真っ赤、まるで血液がどろりどろりってお空色のキャンパスにこぼれたみたいじゃない」
「先輩、もっと一般的な日本語を喋ってください。そんな独自の日本語は最早日本語じゃないです」

 本当にダメね、この欠落男子。文字通り頬をふっくら膨らませていると、欠落男子は一人ひょこひょこ歩き出した。どうやらあたしとコミュニケーションを取るのを諦めたらしい。

「先輩! 置いていっちゃいますよ」
「あたしとしては、君がそのままあたしを置いて行って、あたしはお家に帰るっていうシナリオがおすすめなんだけれど」
「はいカット。却下ですよ焼却炉行きです」

 わざわざ溜息までお吐きになって、この欠落男子さまはぐいぐいとあたしの手を取って引っ張った。まるで犬の散歩のよう。絶対これ先輩に対する扱い、それどころか人に対する扱いじゃないわ。でも、その手を振りほどかないあたしは本当に馬鹿だと思った。



(101203)