僕等はとてもよく似ているけれど、ただ一つだけ決定的に違うものがある。それは、世界からみれば本当にどうでも良くて他愛もないこと。けれど、それは僕にとってはこの世界で一番の理不尽。

――君は、僕と血を分け与えていることを知らない。





「お付き合いくださってありがとうございます。やっぱり一人で入る勇気はなくて……」

 森をイメージしてレイアウトされた店内。流れる音楽もどこか癒しを孕んでいる。周りを見回せば、カップルカップルカップル。ケーキの甘い匂いとピンク色の空気とが混ざり合って、店内を漂っている。正直胸焼けがしそうだ。

「別にいいよ。僕も暇だったし、それに此処のケーキは僕も一度食べてみたいと思っていたから」

 申し訳なさそうに目尻を下げる彼女に僕は微笑を浮かべ、気にしていないことをアピールする。

 此処のカフェはケーキがとても美味しいことで有名だ。けれど訪れる客の大半はカップルで、一人で店内に入るのは凄くためらわれるのだ。ましてやこの女性向けの店内のレイアウト。男の僕が一人で入るのには一生かかりそうで。だから僕は彼女のお誘いに乗ったのだ。

「そう言ってもらえると助かります」

 小さく微笑みを浮かべる彼女は、やはり鏡で見る僕と瓜二つだった。誰にでも敬語で話す彼女。それは同い年である僕にも適用される。

 そんな彼女だけれど、家族の前だと敬語は途端に消え失せてしまうらしい。たまたま居合わせたスーパーで見かけた彼女は、僕に見せてくれる大人びた微笑ではなくて、キラキラとおひさまのように笑っていた。
 それを見た時ほどに、僕は神様を恨んだことなど無いかもしれない。


 ボンヤリとそんなことを思い出していると、いつの間にか彼女はケーキを半分以上食べてしまっていた。残るのはほんの少しの残骸と、赤いイチゴ。それを本当に美味しそうに食べると、彼女は不思議そうに僕を見た。

「食べないのですか? 評判通りとっても美味しかったですよ」

 ニコニコと笑う彼女。けれど、その微笑はやっぱり大人びていて、僕は少しの眩暈と吐き気を感じた。
 それを紛らわせるように、手元のモンブランにフォークを入れて口元に運ぶ。……嗚呼、逆効果。ケーキは確かに美味しいけれど、今の僕にそれは毒だった。

「……うん美味しいね。友歌さん、食べる?」
「え、いいのですか? でも……」

 僕がモンブランの入ったお皿を彼女に押しやると、最初は申し訳なさそうにしていた彼女も誘惑に負けたのか、黄色いクリームにフォークを入れた。
 彼女はもごもごと口一杯にケーキを含ませて、

「何だか、涼さんってお兄さんみたいです」

 くらり、と眩暈が少し大きくなる。彼女に悪気が無いのは分かっているのだ。分かっているけれど、胸のうちを駆け巡るこの衝動がぐんぐんと僕の理性を追い抜いて行ってしまう。

「そう、かな」
「ええ。同い年なのに、不思議です。兄弟かあ……わたしすっごく憧れなんです! 一人っ子だと少し寂しいんです。涼さんにご兄弟はいらっしゃるのですか?」

 いるよ。目の前にいるよ。君だよ。友歌さん。
 少しでも口を開いたら、必死に追いつこうとしている理性を裏切ってしまいそうで。
 僕はゆっくりと、一つだけ頷いた。

「わあ! いいですね」

 本当に羨ましそうに笑う彼女に、少しだけ暗い感情を抱く。何も知らない君が、少しだけ憎くて、愛おしい。
 その感情は、彼女と言葉を交わすたびに大きく膨れ上がる。

「――そろそろ出ましょうか」
「そうだね。あ、会計は僕が払うよ」
「そんな、悪いです」
「いいからいいから。たまには僕に男らしいことをさせてよ、ね?」

 しぶしぶと頷く彼女に一つ笑った。



 彼女と僕は、いわゆる双子。一分だけ早く僕が生まれて、一分だけ遅く彼女が生まれた。そして、その五分後。僕と彼女を産み落としたハハオヤはこの世を去った。
 ハハオヤを愛していたチチオヤは、僕と彼女をハハオヤの仇として扱った。お前たちさえ、お前たちさえいなければ……! チチオヤはそう言って僕等に暴力を振るった。
 けれど、彼女にだけ救いが訪れた。女の子である彼女なら、引き取ってもいい。そんな老夫婦が現れたのだ。僕は、残された。
 ――チチオヤは嘲笑混じりに僕にそう告げた。お前は見捨てられたんだよ、と。


 高校に入って、偶然同じ学校、クラスになった彼女は、

――わたし達、とっても似てますね。凄い偶然。
――まるで、生き別れた兄弟みたいですね。

 そのことを全く知らなかったのだ。


 どうやら彼女を引き取った老夫婦は、残酷な真実よりも幸せな嘘を選んだようだ。確かにそれで彼女は今幸せなのだろう。けれど、けれど僕はどうなのだろう。


 ボンヤリと過去に回帰することが僕には多かった。その旅は高校で彼女に出会ったところから始まって、今に続く。

「ご馳走様でした」

 ペコリと頭を下げる彼女に、僕はいつも思うのだ。


 僕は、僕だけを地獄に残した神様を信じちゃいない。だから、輪廻なんてものも信じちゃいないけれど、それでも願ってしまう。

 もし、廻りに廻って再び巡り会えることができるのならば、今度はちゃんと僕の妹に成って欲しい。今度は二人離れることなく。

「涼さん……? わたしの顔に何かついていますか?」
「ううん。何でもないよ」


 だから、また同じ子宮で手を繋ごう。
 羊水に沈みながら小指を絡ませて、小さく約束をしよう。




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