「あーあ。夏が終わっちゃったなあ」
そう言って、隣を歩く彼女はため息をついた。
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本日、九月一日。晴れ。登校日である。
隣を歩く彼女とは、いわゆる幼馴染という間柄だ。夏休みに染めたという髪の毛は、先っぽの方だけが茶色で、猫のしっぽのようにゆらゆらと風になびいていた。
「あーあ。夏が終わっちゃったなあ」
もう一度ため息混じりにそう言えば、チラリと俺の方へ視線を向けた。そこには何だか、怒ってます、という感情が浮かんでいる。言っておくが、俺は何もしていないはずである。
「……なんだよ」
頭一つ分小さい彼女に視線を向ければ、彼女はぷくーっと頬を膨らませた。
「純ちゃん、結局わたしのダイエットに付き合ってくれなかったよね」
約束したのに、と唇を尖らせて彼女は言った。
――ダイエット。俺が言うのも何だが、彼女は別に太っているわけではないように思う。いつだったか、俺のダチは彼女のことをスタイルがよくて可愛いと評価していた。可愛い云々は別として、確かにスタイルは良いと思う。
その彼女が夏休み前、俺に一緒にダイエットをして欲しいと言って来た。俺はもちろん断った。が、彼女が寂しそうに瞳を翳らせたのを見て、慌てて了承したのだった。
「だって、お前。あのダイエット、俺が一緒にやる意味が分からねえよ」
そうなのだ。確かに、彼女に了承したのだが、彼女の言うダイエットは俺が考えていたものとは大きく異なっていた。
一緒にやって欲しいと言われたから、俺はてっきり走ったり泳いだり、そんなアクティブなものばかりを想像していた。この機会に俺も体を鍛えようとも思ったものだ。
だけど、いざ彼女の家を訪ね、何をやるのだと尋ねると、彼女は俺の手をぐいぐいと引っ張ってリビングへと通した。そして、数分姿を消したかと思うと、その手にフラフープを持って戻ってきた。
「何だよフラフープって。あのダイエット、一人でやるものだろ確実に。というか、フラフープってダイエットに使えるのかよまったく」
そう、俺はその時もそう言って、銀行に用事が出来たと言って逃げるように彼女の家から出たのだった。
もちろん、銀行なんかに用事なんてなかった。
「そうでもないんだよ。あのね、フラフープを回すことによってお腹周りがすっきりするんだよ。回数を決めて、紙に書き込んで、計画的にやるともっと効果的なんだよ。――って雑誌に書いてあったもの」
「いや、別にフラフープが何処に効果的とかそういうのは俺的にはどうでもいいんだよ。問題は、どうしてそれに俺が呼ばれたのかってこと」
俺がいたってフラフープの邪魔だろ、そう言えば、彼女は分かってないなあ、と先程よりも大きくため息をついた。
しばらくの沈黙。俺と彼女の足音がコツコツとやけに大きく響いていた。
曲がり道を曲がったところで、ふいに彼女の足音が止んだ。俺と彼女の間に距離ができ、るかと思いきや彼女は俺の服の裾をきゅっと握っている。
その表情は、俯いていて見えない。
「ねえ、純ちゃん。わたしがどうして純ちゃんを誘ったのか教えてあげよっか」
「何だよ」
「あのね、わたしね、……少しでも長く純ちゃんと夏を過ごしたかったの」
「……は?」
「あーもう! この純ちゃんの鈍感ヤロー!」
もう一度、頭にクエスチョンマークを浮かべようとして、失敗した。
俺の頬に柔らかいものがあたって。それで、彼女と俺との距離は全くなくて。道に浮かぶ影は交じり合って一つになっていて。
「わたしは純ちゃんが好きなの!」
やっと見えた彼女の顔は真っ赤に染まっていた。つられて、俺の顔にも熱が集まる。
先程頬に触れた柔らかいもの。それが彼女の唇だと思うと、体中が湯気が出るかと思うほど、熱くなる。
「え、いや、は?」
「まったくもう。純ちゃんってば、鈍感で、ヘタレなの? 今時そんな人はモテないよ」
そう悪戯っぽく笑う彼女が、数分前とは違って見えて直視できない。彼女の顔や動作。それら一つ一つが、きらきらして眩しい。そんな錯覚に陥る。これは何だろう。数分前までは彼女を普通に見れていたはずなのに。これは何だろう。
俺がその答えにたどり着くまで、後もう少し。
夏のきらめき