わたしにとって言葉は凶器だった。特に、遠慮を知らない子供の言葉は、核兵器にも等しい殺傷能力を持っているように思う。だからわたしは、言葉を発する前に一度その言葉を頭と口の中で吟味してから、それを外の世界に放つようにしていた。
 というのは、わたしの願望でしかないのだけれど。

 わたしは生まれつき声を持っていなかった。原因は不明で、だから直しようがない。けれど、それを不便に思ったことはなかった。確かに、声を持っていないことで同級生からからかわれたり、親に白い目で見られたりするけれど、人を安易に傷つけなくてすむからそう悪いことでもない。私はそう思っている。
 コミュニケーションの方法は、携帯電話のメール作成画面。それがわたしの声だった。


 冬の寒い日のこと。わたしは川原で一人、体操座りをしてぼんやりしていた。当然の如く周りに他の人はいない。冷たい風が頬を撫で、その度にぴりぴりとした痛みを運んでくる。ゆらゆら流れる川も何だか寒そうだった。
 大きな風が吹いてぶるり、一つ身震い。そろそろ帰ろうか、そう思った矢先のこと。隣に人が座り込む気配がした。不思議に思って隣を見ると、穏やかな顔の男がしゃがみ込んでこちらを見ていた。知らない男。けれど、不思議と警戒心を持たなかったのは、この男があまりにも穏やかな笑顔を浮かべていたからかもしれない。

 たった数分間。されど数分間。男はずっとこちらを見ていた。
 わたしはポケットから携帯電話を取り出し、メール作成画面き、声を発する。

「あの、何か?」

 男はそれを見て、一つ瞬きをした。
 この男も、声を発しないわたしを馬鹿にするのだろうか。そう思った。けれど、

「えっと、僕の声は聞こえてる? 耳、は聞こえるのかな」

 男の口から出た言葉は、わたしの予想を大きく裏切っていた。

「――耳は聞こえます。ただ声を持っていないだけ」

 そうメール作成画面で声を発すれば、男は良かった、と笑顔を浮かべた。その笑顔はふにゃりという効果音がよく似合うものだった。

「僕はね、向こうの方でスケッチをしていたんだけど、あまりにも寒いから帰ろうと思って。そうしたら、此処で座っている君を見つけてね。君は寒くないの?」

 どうやら男は絵描きらしい。よく見ると、確かに男の後ろに大きな鞄があった。
 この優しい言葉を発する男が見ている世界が少し気になった。

「寒いけど、大丈夫です。それよりも、何を描いていたんですか?」
「えっとね、空を描いていたんだ。僕は冬の空が好きだから」
「そうなんですか。わたしにはどの季節も同じ空に見えるけど、あなたは違うんですね」
「そう大仰しいことではないけどね」



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