彼のマスターであるケイネス先生のことは除くとして、その他の人物の中で、特に女性に特定した場合、誰よりも彼に気を許されているのは私である気がした。

「ランサー、私のこと好きでしょう。」

「ええ、もちろん。お慕いしています。」

実際に真正面から彼に単刀直入に尋ねてみても、彼は表情ひとつ動かさずにそれを肯定してくれる。…ああ、他意なくそれだけのことであったならば、きっとこれはとてつもなく嬉しいことだったに違いない。

だが、残念ながら他意はある。こんな他愛もないひとことにころっと心を動かされてやっていても仕方ない。ランサーがソラウ様の前なんかでは絶対に言わないようなことを私の前でだけはぽろっと零してみせるのは、あれだ、

「はあ、どうせ私には黒子の呪いが効かないからでしょう。」

冷めた口調でぽつりと零すと、彼はやはり表情ひとつ動かさず、もちろんです、とそれを肯定してみせた。思わずその涼しい顔にパンチのひとつでも食らわせてやりたい衝動に駆られたが、なんとかそれはすんでのところで我慢した。

「俺は俺と顔を合わせたくらいではなびかない貴女が好きなんです。」

悪びれた様子などまるでない爽やかな笑顔でランサーが言い放つ。

…そう、恋する乙女が大の苦手という彼が懐いてくれるかくれないか、その命運を分ける境界線はずばり魅了の呪いが効くか効かないかにあるわけだ。要するにランサーは私が彼のことを好きにならないから好いてくれているのであって、その好いてくれているというのも決して恋愛感情から来る言葉ではない。

「つまり、もしも私が貴方のことを好きになってしまったら、貴方は私のことが嫌いになってしまうってことでしょう。」

「は?」

「いえ、なんでもないの。」

思わず零れた不満を慌てて誤魔化す。だがランサーには届いていたのか、彼は眉間に皺を作って眉を寄せた。

「名前様、貴女は何か勘違いをしている。」

「え?」

「いえ、やはりなんでも。」

どういうこと、と聞き直そうとしたが、そこでランサーがぷいとそっぽを向いてしまったのでそれ以上の追求は断念せざるを得なくなった。仕方がないので先程の言葉は忘れることにし、大して歯牙にもかけていない風に装うと、名前はふっと息を吐いてもっと差し当たりのない話題を脳内で探し始めた。


どこまでも曖昧なままの君と僕


(誰よりも傍にいるのに、誰よりも遠い。)