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始まりを告げる、前奏曲。



《 Prelude 》






―――澄み渡った蒼穹は、頭上、遥か高くに在った。
未だ少し、肌寒いこの季節。並盛小学校はつい今しがた卒業式を終えて、在校生が昇降口から校門までの道を作り、拍手と共に卒業生を送り出しているところだった。
少し大きめの、気慣れない制服に身を包んだ彼ら。気恥かしそうに頬を染めて、卒業証書が入った筒を握り締めている。


「・・・・・・・・・」


そんな様子を、雲雀恭弥はただ無表情に見下ろしていた。肩に学ランを羽織ったその出で立ちは変わらぬまま、窓枠に頬杖を着きながら、その群れまくりな様子を静かに観察して―――いい加減苛立ってきたのか、静かに眉根を寄せる。
直後、学ランの裾を控えめに握り締められたのを感じて、


「・・・大丈夫―――今一番咬み殺したいのは、子供たちでもその保護者でもない」


自らに寄り添う少女に対し、けれどそちらを一瞥する事もなく、短く、ただ、そう答えた。
それと同時に、感じていた視線が消える。・・・苛立たしげに細めていた目元を静かに緩め、そこで初めて、それまでとは違う優しい視線で少女を見た。外に群れる小学生とその保護者達に背を向ける様に佇む彼女は、無表情且つ無言のままで、ただ床を凝視している。
そんな彼女の横顔を、雲雀は静かに見詰めた。―――外に並ぶ卒業生と同じく、少し大きめの、並中の一般女子生徒用制服に身を包んだ彼女。思わず小さく笑って、遠くを見る様に呟いた。


「澪も、もう中学生か―――」
「・・・何、その言い方?」


思ったままを呟いただけなのに、どこか不服そうに眉根を寄せてそう返された。
再度向けられた彼女、澪の視線は、少し拗ねた様な色合いを灯している。心なしか、小さな唇もへの字に歪んでいる様に見えた。
その幼い仕草に、溢れかけた笑声を喉の奥でくつくつと殺しながら。


「別に。これで澪も、晴れて並中生だと思ってね―――丁度、デスクワーク方面の雑用が欲しかったんだ」
「私利私欲の為だけ?」
「適材適所、だよ(そうでなくとも、澪なら大歓迎だ)」


無表情でありながらも、その表情が釈然としないと語っているその様子に、肩を竦めつつ述べた。―――代わり、胸中で続けられたそれは、正真正銘、揶揄でもない本心だ。
それを聞き取り、澪は一瞬だけ黙り込んだ後、少しだけ嬉しそうに口元を緩める。
だが、


「!」
「・・・?」


ふと顔をあげて、けれど直ぐに寄り添いつつ再度学ランを握り締めてきた澪に、雲雀は一瞬首を傾げた。
けれど、部屋の外にとある気配が近付いてきている事を知ると、そっと冷笑を浮かべる。体を反転して出入り口方面に向き直ると、反して澪は出入り口に背を向ける様に佇まいを直し、直ぐ隣に寄り添った。
傍目では確認できないが、その小さい体は僅かに強張っている。宥める様に頭を撫でると、妙な力が入った細い肩からゆっくりと強張りが溶けているのをその目で確認し、

コンコンッ、

『ヒバリ君、―――校長先生をお連れしました』
「入っていいよ」


僅かに、恐怖に震える声を扉越しに聞き取り、答える。小さいスライド音とともに開かれた扉の向こうには、この並盛小学校の教頭と校長の二名が、僅かに蒼褪めた顔色をして立っていた。
失礼します、と小さく呟き入ってきた彼に、冷笑を向ける。


「久し振りだね。校長センセイ」
「本当に、お久しぶりです―――ヒバリ君の方は、元気にやっているそうで」
「別に。そうでもない」
「いえいえ。並盛中の風紀委員長を、立派に務めていると・・・常日頃より、噂を小耳に挟みますよ」
「―――噂、ね」


くす、と、冷たく小さく笑めば―――それだけで、校長と教頭の二人は、湧き上がる恐怖に更に顔を引き攣らせていく。
まるで今にも倒れそうな表情に、この程度で倒れられたら困るな、と胸中呟いた。・・・その時、依然彼らに背を向けている澪から、雲雀の思考回路に賛同する様な笑みが小さく漏れた事に気付き、口角を釣り上げる。
―――そう、雲雀がここにいるのは、この二人を“咬み殺す”為だ。せっかく並小くんだりまで赴いたのに、この程度のプレッシャーで救急車を呼ぶ破目になるなど、肩透かしにも程がある。


「噂と言えば。澪が、言っていたんだけど」
「は、はい」


一層、恐怖に怯える声色で答えた校長に、冷笑を深めて。


「今年度で、この学校から『雲雀』が居なくなって、やっと安心できる、って」
「「!?」」
「・・・昨日、かな。そう、君たち二人が話していたのを、この子が“偶然”聞いてしまったらしいんだ」
「そ、それはっ」
「本当かどうか、確かめたくてね―――今日は、そのための来校。」


ぐっと詰まり、あたふたと御互い目配せをする彼らには、雲雀が続けた「勿論、澪の卒業も兼ねてるけどね」と言う言葉は聞こえていないだろう。
その隣で、肩越しに校長たちを一瞥した澪は、けれど直ぐに前を向き直り―――卒業式に相応しい、高い蒼穹を仰いだ。


「・・・その狼狽様。悪いけど、図星にしか見えないな」
「ひ、・・・!!」
「―――じゃあ、」


雲雀が組んでいた腕を外すと、そこには既に―――彼の愛用の武器が握られていた。
静かに手首を捻ると、それは鋭く空気を裂く音を立てて彼の手元で回転する。パシッ、と音を立てて見事にその腕に沿う様に止めると同時、冷笑をそのままに、残酷に高らかに、けれど燦然と宣言し。


「咬み殺してあげる。」


銀に煌くトンファーを撓らせ、目の前の弱者に、その全てを穿つ牙を向けた。

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