5
(し、心臓が、凄く、ドキドキする・・・!)
過ぎ去っていく景色の中、私はお兄ちゃんの聲を追う。そうすると数秒と待たずお兄ちゃんの背中が見えた。
―――もう、沢田先輩たちの聲は遠い。それを確認して。
「・・・お兄ちゃん!!」
「ッ、」
呼び止める。
普段、私はあまり大きな声を出さないから、お兄ちゃんは驚いた様にこちらを振り向いた。
走ってくる私に首を傾げ、お兄ちゃんが不思議そうに「(澪?)」私を呼んだのが判ったけれど、私は構わず―――お兄ちゃんに抱き付いた。
目を見開いたまま私を見下ろすお兄ちゃんの気配に構わず、私はぎゅうっとお兄ちゃんの胸に顔を埋めて、背中に手を回して、力を込める。
まだ、顔が熱い。走ってきた所為じゃないドキドキが止まない。お兄ちゃん、お兄ちゃん、如何しよう。
私、生まれて始めて、「ありがとう」って、言われたよ。
感謝、されたよ。
心の底からの「ありがとう」を、沢田先輩がくれたよ。
例え沢田先輩が、私のこの妙な能力(チカラ)の事を知らないとしても、それでも、生まれて初めての「ありがとう」を、沢田先輩がくれたんだよ。
「・・・澪、如何したの?」
ぎゅうっと抱き付いたまま離れない私を心配したのか、お兄ちゃんが少し困った様にそう言って、私の頭を撫でてくれた。凄く安心して、私の心音が少しずつ安定していくのが判る。
あぁでも、嬉しさはちっとも減らないよ。
お兄ちゃん、私、今、凄く嬉しい。
「―――お兄ちゃん、」
「うん」
「・・・さっきね、沢田先輩がね」
「アイツが、澪に何かしたの?」
「ううん、違うの。悪い事じゃないよ」
「・・・?」
お兄ちゃんの胸に顔を埋めたまま、お兄ちゃんの問いに答えていく。Yシャツ越しの体温とか、トクン、トクンと言うお兄ちゃんの心音が、少しずつ、私を安定させていくのが判る。
その時、不思議そうに私を見下ろしていたお兄ちゃんが、無言のままで私を抱き締めてくれた。少し驚いたけど、心に広がった安心感に、ホッと息を付いてお兄ちゃんに体重を軽く預け、目を閉じる。
私は昔から、お兄ちゃんにぎゅうっとされると、直ぐ落ち着いたって言っていた。泣いていたら泣き止んで、愚図っていたら愚図るのをやめて、興奮していたら直ぐに落ち着いて―――多分、それが今でも残っている様で。
落ち着いた? と聞いてくる聲に、私は小さく深呼吸してからこくりと頷いた。
「・・・で、如何したの?」
私の髪を梳く様にして頭を撫でるお兄ちゃんの手に、目を細めて。
「沢田先輩がね、ありがとう、って言ってくれたの」
「・・・澪に?」
「うん、嬉しそうに笑って、心から、ありがとうって」
「聞こえた“聲”も、そう言ってたの?」
「うん。ありがとう、本当にありがとう、って」
「・・・・・・・・・」
撫でていた手を止めて、お兄ちゃんは少し考える様に黙り込んで。
私は、不機嫌にしたのかなと思って、お兄ちゃんをそっと見上げた。それに気付いたのか、お兄ちゃんは私を見下ろした後で小さく苦笑し、そっと頭を撫でてくれた。
それに安心して、私は笑う。
「・・・ねぇ澪」
「?」
「『ありがとう』って言われて、如何だった?」
その質問に、私はその時の嬉しさを思い出す。
お兄ちゃんのYシャツを握り締め、もう一度その胸に顔を埋めた。
「・・・すごく、嬉しかった・・・っ」
思わず、顔が緩むほどに。
すると、お兄ちゃんは少し複雑そうに、けれど嬉しそうに小さく笑って。
―――再三、ぎゅう、って抱き締めてくれた。
冷えた心すら温まる、真夏日の夜。
「・・・なに、あれ?」
「はは! ヒバリ妹の顔、真っ赤だったなー!」
「・・・・・・・・・」
「? 獄寺君?」
「っ!! は、はい!?」
「獄寺も真っ赤になってるな!」
「んなっ!? てってめーには関係ねーんだよ野球バカがー!!」
笑う山本に突っかかる獄寺を唖然と見つつ、綱吉は持ち前の超直感で一つの可能性を弾き出してしまった。
「・・・・・・・・・」
彼はそっと獄寺に歩み寄り、ぽん、と肩に手を置く。
「? 十代目?」
山本に向かってガン飛ばしていた獄寺は、そんな綱吉にきょとんと見返すだけ。
けど、綱吉は何も言わず、薄い笑みを浮かべた。
「・・・頑張って」
「はい?」
「ファイトだ獄寺!」
「如何言う意味だこの野郎!!」
綱吉に続いてぐっと親指を立てて素晴らしい笑顔を浮かべた山本に突っかかる。
(頑張れ獄寺君。多分ヒバリさんは手強いよ)
見るからに大事にしてるんだから手強いに決まってるしね。
…なんて呟きが、すぐに他人事じゃなくなるなんて―――予想だにしない、夏祭り。
← 10 *