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「駄目」
「何で」
「売上金は先輩たちのものだよ」
「引っ手繰られたんだから違うだろ」
「今取り戻したから先輩たちのだよ」
「澪のお陰で取り戻せたんでしょ」
「取り戻したって言うのはまた先輩たちの手元に戻ってきた事を言うの」
「澪が居なかったら取り戻せなかったんだから、澪のものになるだろ」
「それは横取りって言うの。お兄ちゃんの大嫌いな『風紀を乱す行為』だよ?」
「・・・・・・・・・」


私とお兄ちゃんの静かな言い合いに、他三名は呆然と見学に徹していた。
むぅ、と口をへの字に曲げるお兄ちゃんに(でも多分先輩たちはその表情の変化に気付けないと思うけど)、でも私は「駄目。」ともう一度言った。お兄ちゃんは私から視線を逸らし、数秒間思案する様に黙り込んだ後、手に持っていた売上金の入っている鉄製の箱を。
・・・投げた。


「あ、」

めごっ。

「ぶへっ!?」
「ツナッ?」
「十代目!?」


見事に沢田先輩の顔面に減り込んだ。
凄いね沢田先輩、顔面キャッチ。


「凹んだ、明らかに凹んだ! 文字通り減り込んだ!!」
「十代目ッ、お気を確かに!!」
「すげーな、『めごっ』て音したぞ。大丈夫かツナ?」


騒ぐ三人をただ呆然と見詰め(そしてどこか的外れな心配をしている山本先輩に少々驚きを抱きつつ)、けれどお兄ちゃんが何時の間にか踵を返して帰ろうとしていた事に気付いた。
あ、と小さく呟いて、慌てて後を追おうとしたけれど、先輩たちに挨拶していない事に気付いた。一瞬、挨拶をしないままでお兄ちゃんを追おうかな、と思ったけれど、何だかここまで騒ぎを大きくして巻き込んでしまったのに、碌な挨拶をせずに勝手に帰るのは少々気が引ける。
私は少し焦りながら、先輩たちに向き直ってぺこりと頭を下げた。


「―――あの、今日は色々とごめんなさい」


それだけを言い、それじゃあ、と踵を返して少し遠くなったお兄ちゃんの背中を追おうと駆け出して。


「あっ、・・・の、妹さん!」


呼ばれ、少し驚きながらも足を止め、戸惑い気味に振り返る。
呼び止めた本人だろう沢田先輩が、売上金の箱を片手に抱え、もう片方は鼻を押させ、痛みの所為か少し涙目になっているその顔に苦笑を浮かべ、ごめんね、と謝ってきた。
驚いて軽く目を見張ると、今度は笑顔を浮かべて。


「(本当に、)ありがとう」


確かに苦笑気味だったけれど、安心も混ざっている嬉しそうな顔。
これ、と示してきた売上金の箱に、つまり、引っ手繰られたお金を取り返す手伝いをしてくれて『ありがとう』、と言う事なのだろうと理解する。
―――正直、私は今まで、こうまで他人から真正面に向き合った状態で、話をしたことも無い。だから、こんなに嬉しそうな笑顔を浮かべて、心の篭った言葉で、ありがとう、と言われた事なんて。
こんなに綺麗な笑顔で、感謝された事なんて、なかったから。
「ほんとうに、ありがとう」・・・それは、誰に向けての言葉?
・・・わたし、に?


「・・・っ・・・」


初めて向けられたその言葉に、一瞬にして頭全体がかあっと熱くなった。
先輩たち三人が、揃って驚いた様に目を丸くして私を見詰めてきた。つまり、顔に出ていると言うことだ。きっと今の私は、真っ赤な顔をしているに違いない。
嬉しい。けれど恥ずかしい。―――穴があったら入りたい、と言うのはこう言う時に使うのだろうか。
物凄くその場に居辛くなって、居た堪れなくて、顔を俯かせて取り敢えず首をぶんぶんと横に振ってから、駆け出した。


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