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沢田先輩が発する『罵聲』には、負の感情は僅かしか含まれていないから不思議だ。
例え心の中で文句を言っているとしても、決してそれは本心ではない。相手に聴こえないからとか、そう言う感情さえ感じない。
それだけで判る事。

―――沢田先輩は、とても優しい。

多分、この時世には天然記念物並みの優しさだ。


(・・・・・・・・・)


誰かに、自分から触れてみたいと思ったのはお兄ちゃん以来だ―――今でも勿論、お兄ちゃん以外に触れられるのは嫌だと言うのに。
それでも、「彼に触れたら、もしかしたら何かが変わるかもしれない」、そう考えてしまうのは、多分、沢田先輩がある意味『特別』なんだろうと何気なく思って。


(・・・そんな事は在り得ないだろうけど、ね)


ふ、と小さく溜め息を付くと同時、虚空を彷徨わせていた視線をそっと沢田先輩に向けると、同時に彼の不思議そうな目とぱちりと合ってしまい、沢田先輩が一瞬焦って(何で?)。
直後、ガッと言う小気味いい音と同時、それまで忘れ去られていた例の男子生徒が沢田先輩の首に腕を乗せた。


「いいじゃんいいじゃん、やろーよ沢田ちゃん! いやーどもども、トマゾ八代目・内藤ロンシャンでーす!」
「何言ってんの、俺はいいよ!!(つーか群れてると殺される!)」


肩に回った腕を素早く外し、男子生徒を押して離れようとする彼の判断は、賢明なものだった。
―――同時に、聞こえた場違いな聲。

『今度こそ・・・!』

少し驚いて回りを見渡した。
・・・見渡そうと、した。

―――キィンッ!!

素早く動いたお兄ちゃんの左腕を見た直後、その手に握られていたトンファーに何かが弾かれた。
それは明らかに金属の音がして、私は咄嗟にトンファーを一瞬だけ見詰め、それから左側方向に視線を向ける。
少しだけ、パニック状態に陥ったのかもしれない。頭を守る様に頭部の左側に構えられたトンファーに付いた僅かな凹みは、明らかに銃痕だった。それなのに、私とした事が殺気に全く気付かなかった。
恐らく直前に聞こえた聲がそうなのだろうけど、その聲からは全く殺気などなかった。それなのに、トンファーの位置、即ち狙われた場所からして、完全に相手は『殺すつもり』だった・・・はず。


「?」
「―――・・・まさか今の音・・・ヒバリさんに・・・?」


震える声で呟いた沢田先輩の背後では、きょとんと―――文字通り目を丸くして男子生徒がお兄ちゃんを見ている。莫迦面は何が起こったか判らないと地で表していた。沢田先輩は勿論、表情にはありありと「何て事してくれたんだ」、と語っている。
・・・取り敢えず、お兄ちゃんの無事を確認しようかな。


「お兄ちゃん・・・」
「何?」
「・・・大丈夫?」
「うん」


ヤバイ、返事が端的だ。背後にいる私に振り返りもせず、ただ沢田先輩たちを見詰めながら返される短い言葉。・・・興奮しかけてる、証拠。
止めないと、危ないかも知れない。


「・・・お、お兄ちゃ―――」
「何のマネだい?」


遅かった。


「殺し合いするなら、気軽に言ってくれればいいのに」


沢田先輩が何事か叫んで、けれど私はどうすることも出来ずにただ溜め息を付いた。


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