6


お兄ちゃんは一瞬だけ無表情で私を見詰め、直ぐに私から視線を逸らし、虚空を見て数秒思考する。そしてその考えが纏まったのか、はぁ、と溜め息を付いた。
トンファーを仕舞いつつ、お兄ちゃんは伏し目で呟く。


「・・・ねぇ澪、」
「?」
「何で僕が、まだ誰も“殺して”ないか、知ってる?」
「え?」


それは、知らない。
目を見張ってお兄ちゃんを見上げると、お兄ちゃんは私の顔をチラリと一瞥した後で小さく笑った。


「澪のその言葉があるからだよ」


その言葉に、私は目を見張ってお兄ちゃんを見詰めた。


「確かに今まで、原形無きまでにぐちゃぐちゃに殺してやりたいって言う莫迦共は居たよ(しかも沢山ね)、でも、殺したいって思った原因、決まって澪に関係する事だったから」
「私、の?」
「そう。だから僕はまだ、人を殺してないんだ」


「(澪のその一言があるからね。)」続けられなかった言葉に、けれど続いた聲に、私は口を引き結んで顔を俯かせ、自分の足元をじっと見詰めた。
泣きたいほど悲しくて悔しくて、ごめんなさいと謝りたくて、有り難うとお礼を言いたくて、よく判らない感情が出てくる。
どんどん不安定になっていく心に戸惑って、私はお兄ちゃんに手を伸ばして、制服をそっと摘まんで寄り添った。Yシャツ越しに伝わってくるお兄ちゃんの体温が心地良い。無音の聲しか聴こえなくて、けれどトクントクンと一定のリズムの心音が聞こえる。
ほ、と息を付くと、されるがままで黙っていたお兄ちゃんが口を開いた。


「ねぇ澪?」
「?」
「一応、人前だけどいいの?」


言葉に驚いて、先輩が起きたのか、と彼の方を見て―――けど、案の定、起きてない。当然だ、少しでも意識が浮上すれば聲が聴こえてくる筈で、そうなったら多分、お兄ちゃんよりも先に私の方が気付くだろうし。
少し戸惑って、けど確認の為にお兄ちゃんを見上げると、お兄ちゃんは私を見下ろしていた。


「コイツじゃなくて、後ろ」


目を瞬かせてから、言われた通りに振り返ると。


「ちゃおっス」
「ッ!!?」


振り向いたと同時に足元から聞こえた声に、驚いて肩を竦ませて慌ててお兄ちゃんの背後に回った。
どくどくと激しく脈打つ心臓を押さえて、少し顔を引き攣らせながら視線を下ろしていくと、『伏せ』をする犬の様な着ぐるみを着て此方を見上げている赤ちゃんが居る。
お兄ちゃんは目を白黒させる私を気にしないで、その赤ちゃん―――リボーン君に片手を上げた。


「やぁ、赤ん坊。僕は兎も角、澪に気付かれないなんて流石だね」
「これくらい簡単だ。殺し屋を舐めるんじゃねーぞ」
「それはすまないね。ところで、犬の格好なんかして何かあるのかい?」
「これは犬じゃなくてスフィンクスだ。新たにピラミッドパワーを始めようと思ってな」
「・・・春だから?」
「そうだ」
「へぇ、いいんじゃない?」


何この会話。
お兄ちゃんもリボーン君も、本気で言ってるのかワザとやっているのかが判らない・・・尚更怖い。
思わず視線をそらして妙なことを一人考えていると、お兄ちゃんが話を切り出した。犬・・・じゃなくて、スフィンクスの着ぐるみを脱ぎ出しながらのリボーン君を見下ろして、静かに腕を組んで、私が未だにお兄ちゃんに隠れ気味なのは何一つ文句言わず、口を開く。


「で、赤ん坊」
「何だ?」
「僕らに何の用? ちょっとゴミ捨てに行って来なきゃならないんだけど」


そう言って、お兄ちゃんは未だに床に転がったままの先輩をつま先で蹴った。ワザとか偶然か鳩尾に入ったけれど、呻く気配すらない事から、彼の意識はまだまだ深い闇の中である事を知る。
それを一瞥しながら、リボーン君は興味無しと言う風にまたお兄ちゃんに視線を向け、今度は何故か軽く光るピラミッドに囲まれ、私たちと同じくらいの視線まで浮き上がった。坐禅を組んだ状態で宙に浮くそれは本当に摩訶不思議だったけど、お兄ちゃんは突っ込む様子も無く鋭い視線を彼に向けている。


6


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -