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「お、お兄ちゃん、」
「何?」


私の言葉に返事を返しつつボコボコ殴るのは止めてほしいな。
―――既に、先輩の意識は遠い所にあった。
こんなに殴って、トンファーの方は返り血が酷いのに、何でお兄ちゃんのYシャツには返り血一つ付かないんだろうか。・・・血ですらもお兄ちゃんを恐れる、何て事はありえないと思うのに。


「お兄ちゃん・・・もう、止めてあげなよ。それ以上は・・・」
「駄目だよ」
「・・・。何で?」


少しムッとしながらそう聞いて見ると、お兄ちゃんは一瞬だけ私を一瞥し、その後また視線を先輩に戻してトンファーを一撃お見舞いする。だんっ、と床に叩き付けられた彼の身体がリバウンドした直後、頭を踏んで再度地面に押し付けた。
勿論、ここまでやっても彼はピクリとも動かない。ある意味、意識がなくなっててよかったんじゃないだろうか。


「・・・澪、本気で聞いてるの?」
「―――私は、もう、いいよ」
「澪がよくても僕が嫌なんだよ。この下衆、澪に“触れている”状態で暴言を吐きまくってただろう?(しかも風紀の文句をね)」
「あれは・・・私が、捕まらなければ・・・」


視線を落として呟くと、お兄ちゃんが私をじっと見下ろしてくる気配を感じる。
沈黙が、重い。


「澪は、こう言う奴等を庇いすぎ。―――・・・頭の中をかき回されたみたいな吐き気、無かったの? 気持ち悪くならなかったの? 頭痛は? 眩暈は? 耳鳴りは?」
「それは・・・」
「・・・そう言うのは全く無かった、って断言出来る状態で、尚且つ“触れて”いても不快じゃなかった、って言うのなら―――そこで始めて、澪は僕に反論できる権利を持つんだけど」
「―――・・・」
「・・・違う?」


ふるふる、と緩く首を振った。
お兄ちゃんのは正論だ。お兄ちゃんは何時も、無償で私を守ってくれた。私を守る為にしてくれている事を、守られるだけの立場である私が文句を言う権利を持つ訳が無い。
有償ならまだしも、無償での行動に難癖を付ける―――差し出がましいにも程があると、思う。
だから、私は口を噤んだ。
―――でも。


「でも、お兄ちゃん、私的な事も混ざってるでしょ。・・・風紀の悪口、根に持ってる」
「・・・・・・・・・」


私の言葉に、今度はお兄ちゃんが拗ねた様に顔を顰めて先輩から足を退け、ひゅん、とトンファーを振って血を飛ばす。拗ねたその表情は、暗に図星である事を表していた。
お兄ちゃんは昔から、顔に出易いのか出難いのか、判らない。
・・・多分、私だから判るのかもしれないけれど。
そんな事を考えながら、私は先輩に視線を移した。既に顔の原形が認められない。目の上は腫れ、泣きながら白目を剥いている。鼻からは出血していて、薄く開いた口からは泡が吹きでいた。


「それに・・・それ以上やったら、死んじゃう」
「死ねばいいんだよ、こんな奴。そうすれば世の中も少しは浄化するだろう」
「・・・それでも、お兄ちゃんが人を殺すのは、私は―――・・・私は、すごく嫌だよ」
「・・・・・・、・・・」


眉根を寄せて、お兄ちゃんを確り見上げてそう言う。もう、何度言ったか判らない言葉だった。
それでも、言うたびにお兄ちゃんはちゃんと理解してくれていたし、だから今回も判ってくれるって信じて、その上でそう言っている。


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