2


からり、と教室の裏口から入った。教室中の視線を集めているのを気付きつつも、私はまた後ろを向いてカラリと確り扉を閉める。
お兄ちゃんは結局、入学式中はずっと寝ていた。時間に表すと約一時間ほどだけれど、それでも充分な睡眠時間になったみたいで、ふわり、と大きな欠伸をしながら起き上がって言った言葉は、

『澪、新入生のオリエンテーションくらいは出席しておきなよ』

だった。
今更、と言うか・・・嫌々ながら入学式に出ようと思ったら「駄目。」の二文字で叩き落としてくれた私の意思を無視し、今度は「行け」と言う。本当に我が侭なお兄ちゃんだ。
だからこうして、オリエンテーション中に遅刻者の様に入ってくる事になる。
新入生たちは、誰も彼も口を閉じている。これが学校生活に慣れてくると騒がしくなり、教師の話一つ聞かなくなるんだから、人間って不思議だ。


「・・・ん?」


私が所属するクラスの担任となる教師は、比較的若い先生だった。新しく入ってきた教師ではないみたいだけれど、お兄ちゃんは結構、この人の事は嫌いでは無いらしい(あくまで『嫌いではない』だけで、イコール『気に入っている』訳ではないみたいだけど)。だからか、何時もの通りに校長を脅し、彼を私が入るクラスの担任にしたらしくて。
お兄ちゃんが彼を嫌わない理由に、彼の性格があった。


「お前、・・・えーっと、雲雀澪、か?」
「はい」


“雲雀恭弥”。
その名前は、新入生たちにはまだ浸透しきっていない様で、それぞれが「(誰?)」「(入学草々遅刻か?)」「(何かすっごい美人じゃね!?)」「(てゆーか今まで何処にいたんだろ?)」「(そう言えば入学式、一人欠席だったっけ)」「(あの子が欠席者?)」教師と私を見比べていた。
私は教師の質問に受け答えをしながら、空いている席、つまり私の席に着席する。場所は、窓側の一番後ろ。―――お兄ちゃんの陰謀を感じるのは私だけだろうか。


「良かった、全員揃わなきゃホームルーム始まらないしな」


教師の聲は、「(どうせあの我が侭委員長の相手でもしてたんだろうし、大目に見てあげますか)」、そう呟いていた。成る程、さばさばした、物事にあまり頓着しない性格だと言うのがよく判る。
苦笑したその顔を見て、私は小さく息を付いた。
確かに、お兄ちゃんが「嫌いじゃない」と言ったのが頷ける気がした。


「じゃー改めまして。お前らの新任になった三崎傑だ。一年間、宜しくな」


名前を黒板に書き、その上に読み方を綴る。珍しいと言えば珍しいかもしれないが、別に目を見開いて驚いてまで珍しいと言う部類の名前でも苗字でもなく。
ただ私は、その字をぼうっと見詰めていた。


「見ての通り男、歳は今年で26かな。誕生日は秘密、血液型はO型、趣味は音楽鑑賞。好き嫌いは特にない。・・・あぁ、俺ら教師の話を聞かない奴は大嫌いだな。部活とかは担当してない変わり、風紀委員の担当だ。―――と言っても、一から十まで雲雀の兄貴に任せっきりで、本当に名目だけだけどな」


チラリとこっちを一瞥し、彼は苦笑する。
先生の話を聞いていたクラスは、先生のお陰で少しずつ緊張を解いていった。正直、凄いと思う。


「じゃあ、粗方緊張も取れてきたところで、委員会でも決めるかな。―――と、雲雀ー?」
「? はい・・・」
「お前は風紀委員で決定してるから。悪く思うなよ」
「・・・兄、ですか?」
「あぁ。雲雀の兄上直々の申し出だ(悪いな)」


別に、慣れているから良いけど。
そう言う意味を込めて視線を彼から自分の机に持っていき、視線を伏せた。委員会が決まっているのなら、私は少なくとも委員会がクラスメイト全員分決まるまで暇になる。
窓から外を見ると、隣の棟にある応接室の扉が見えた。


(お兄ちゃん、まだあそこに居るのかな)


ぼう、とその扉を見て、でもそれは多分絶対開く事は無い。草壁先輩にはメールを送ったままだったし、お兄ちゃんが出てくる事がない限り、そこが開かれる事は絶対にないだろう。
少しの間扉を見詰め、けれど開かれる気配が無いと納得させて、委員会を決めるためにざわざわし始めた教室を尻目に、また目を閉じた。


(五月蝿い)


目を閉じて、周りの聲を聞かない様に集中させていなくては、五月蝿くて五月蝿くて頭がおかしくなりそうだから。


2


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -