5


「あっれー、澪ちゃんも行っちゃうのー? ちょっとでいいからさーオジサンのお酌してくんね?」


それに気付いたお兄ちゃんが顔を顰めて振り返ったのが見えた。「(澪、早くおいで。そんなの無視していいから)」、聲が聞こえたけど身体が動かなかった。
そんな事を考えている内に、肩にあった手はそのまま首筋に移動してするりと下に下りていく。今度は頭から血の気が引いていくのが判る。同時、お兄ちゃんがドクターに殺気を向けた。
途端にぴたりと止まった指先を一瞥して、お兄ちゃんはもう一度ドクターを睨む。


「・・・人の妹に何セクハラしてるの?」
「あ? セクハラじゃなくて診察だ診察(隼人といいコイツといい、最近のガキは失礼だな)」
「大義名分もいいとこだね。そんなに咬み殺されたいんだ」
「立ってるのもやっとなガキに何が出来るんだっつの(何もできねーくせに粋がるなよ、体に響くぞ)」


頭上で発せられた声は、既に遠いところからでしか聞こえなかった。
全ての音と光が、少しずつ遮断されていく。聞こえるのは自分の激しい心音と、隣に佇むドクターの聲と、ツナさんたちの戸惑った聲、リボーン君の無言の聲、それと、お兄ちゃんの静かな聲だけが耳に届く。
聲じゃない声は、聞こえなかった。


「・・・澪の様子に気付きもしないヤブ医者に言われたくないよ(澪、おいで)」


『おいで』。
お兄ちゃんにそう呼ばれて、足を動かそうとしたけれど、動かなかった。身体が本当に強張っていた。もう、私自身の意思では動かせないくらいに凍て付いて、まるで雁字搦めに縛り付けられているみたいで。


「(恐怖症か何かか・・・?)」


直ぐ隣から、聲が聞こえて―――でも、動かない。
ただ、全てが怖かった。


「・・・何が原因だ?」
「貴方以外に何かあるのかい?(澪、自分では動かせないの?)」
「そーいう意味じゃねぇよ。もっと根本的な意味だ」
「・・・それを知ってどうするの(ねぇ澪、聞こえてるんだろう?)」
「仮にも医者だ、何か手助け―――」
「必要ない(澪、自分じゃ動けないって取るからね)」


悪く思わないでよ。
そう言う聲が、聞こえて。
―――直後。


「澪、」


『 来 い 。』


お兄ちゃんの大きい聲に、私は身体をびくりと震わせた。顔を上げると、それまで真っ暗だった視界が途端に開けて、桜と青空の中に立つお兄ちゃんがこっちを見ているのが目に入る。
行かなきゃ、そう思って、駆け出した。
手を伸ばして、お兄ちゃんが着るYシャツを握り締めて、そっと寄り添って。
―――ほ、と息を付いた。


(あったかい、)


お兄ちゃんが、誰かに向かって不機嫌そうに何か言ってるけど、私には聞こえなかった。
ただ、動悸と息切れが早く治まる様に目を閉じて、深呼吸をして、Yシャツ越しにじんわりと広がるお兄ちゃんの低めの体温に心底安心していた。
まだ少し、身体が震える。きっと、お兄ちゃんが居なかったら、震えはもっと酷かっただろう。


「・・・澪、帰るよ」


ぽん、と頭に手を置かれて軽く撫でられながら、小さく囁かれた声に反応して、そっと顔を上げた。その声色は、それまで誰かと話をしていたものよりも、格段に優しい声で、何時ものお兄ちゃんで、もっと安心する。
お兄ちゃんを見上げて小さく頷くと、それを確認したお兄ちゃんはみんなの方―――多分リボーン君だろう、彼の方を一瞥して踵を返し、私の手を引いて歩いていった。病気に掛かった所為か、やっぱりまだフラフラしていたけど、それでも安心するのは、それがお兄ちゃんだからだろう。
そう言えば挨拶してないな、と思って、するつもりも無い挨拶はするべきか、それを判断する為にみんなの方を一瞥した。
ドクターは難しい顔で私たちを見ていたし、獄寺さんはお兄ちゃんに向かって中指立てていて、山本さんはきょとんと私たちを見ていた。ツナさんは何故か、振り返った私を見て驚いた様に目を見開いて、直ぐに戸惑った様に私とお兄ちゃんを交互に見て。


「(ヒバリさん・・・?)」


ツナさんの聲が聞こえたけど、彼を一瞥して終わって。
最後に、リボーン君を一瞥、すると―――彼は、私が彼を見た直後ににやりと笑み、云った。


「(澪。お前―――)」


慌てて、視線を、前に戻す。
判ってるなら、何も話す必要は無い。


「(“能力者”だな?)」


不安定な足取りで、でも確り歩くお兄ちゃんの手を、ぎゅう、と握り締める。お兄ちゃんは一瞬、不思議そうに私を見下ろしたけど、また直ぐに前を向いて―――そして、忘れずに私の手を握り返してくれた。
























そんな、桜が舞い散るお花見日和。





10 *


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -