タイプ音をバックグラウンドミュージック代わりに嗜みながらマグカップを傾ければ、珈琲特有の苦々しさが舌の上に滲み出す。偶さか立ち寄ったスーパーにて特売で購入した物だが、この苦味は思いのほか舌に合うようだ。ジャックに勧められたブルーなんとかなんて比じゃないくらい美味しい。もくもくと立ち上る湯気で顔を暖めつつ珈琲に舌鼓を打つ。ちら、と視線を持ち上げる。その先にはコンピューター相手に睨みを利かせている遊星の姿がある。正午を過ぎても彼の胃袋は疲労を感じないようだ。椅子に腰かけ長時間ああやってコンピューターと対面している。いい加減昼食くらい摂ればいいのにと思うが、言ったところでどうせ馬の耳に念仏なわけで。一応自身の名誉のために言っておくが、私はジャックみたいに無職ではない。クロウほどの肉体労働ではないがきちんと定職に就いている。有給消化のために今日はこうやってのんびりしてるだけである。羽を伸ばしに外出しようと思ったが、そこはそれ、察して欲しい。ずず、と珈琲を啜って遊星に意識を戻す。間近に迎えたWRGPのために、遊星と新顔のブルーノは寝る間も惜しんでDホイールの調整に勤しんでいる。でもこうやって私みたいにコーヒーブレイクくらいしたってバチは当たらないのに彼はしない。外出に付き合って欲しいと提案しても第三者という代替案を出して躱される。これがずっと続いてるから、もう何も言わないことにした。いっそ過労でぶっ倒れてくれれば取り付く島もあるというもの。はあ、と深い溜息を落とせば重荷が降りたかのように肩が楽になる。けれども胸中は鬱屈としたまま。朴念仁。ギーク。堅物。心の内で悪態をつく。
「どうした」
ばか遊星と思った時、彼が首を回してこちらを向いた。海を閉じ込めた青い瞳が私を捉える。平坦な声からはこちらへの心配りが滲み出し私だけに向けられる。キーボードを叩いていた手は止まっていて、そのことがそれまで溜まっていた憂さを洗い落とした。心が躍ってしまう自分の単純さが嫌になって、認めたくなくて座っていたソファに顔を投げ打った。尚も心配するような言葉を投げられるから、いよいよお手上げだ。うるさい、私の名前を呼ぶな、ばか遊星。