デュエルアカデミア本校の留学も終え、俺はアーティック校へと帰った。長い船旅の末、久方ぶりに相見える校舎が出迎える。それから一週間の時が過ぎた。ある日、いつものようにデッキを見ていたら、突然部屋の扉が開けられた。

「ヨハン!!」

「おっ、久しぶりだな。げん」

「聞いてよヨハン!」

顔を出したのは戻ってきてから一度も顔を合わせれていなかった名前だった。気分に任せて扉を叩き、大股で部屋を歩いてベッドに腰を投げた。いつも笑顔で居るというタイプではないが、けれどもここまで荒々しい奴でもない。何かあったんだろうか。調整中のデッキを置き、椅子を回す。

「何があったんだよ」

気が短い奴だからどうせ大したことではないんだろうと思う。以前は目当てのパンがちょうど彼女の前に並んでいた奴で売り切れてしまい、その日は不貞腐れてずっと飯を抜いていた。短気で意固地。それが彼女だ。こういうふうにすぐ話してくれるのは嬉しいが、気晴らしに何に付き合わされるのかを考えてすこし気が落ち込む。

「ほんと信じらんない。最低、まじ最低。ヨハンもそう思わない?」

「なんのことだよ」

「あいつだよ、あいつ」

「あいつって?」

「彼氏」

「喧嘩でもしたのか?」

こいつには確か付き合って三ヶ月になる彼氏が居たはずだ。同じアーティック校で、紹介された時に話したことがある。なんというか、よく彼女を選んだなというのが率直な感想だった。むしろ彼女の頑固なところに惹かれたのかとさえ。彼女の恋人は絵に描いたような優しい男だ。いつも突っ張っている彼女と違い、温かな笑みを絶やさず、言い合いを好まない。見る限り彼女のわがままにすべて付き合っていた。恋人の関係がなければ傍から見れば完全に女王と家来。だからこそ珍しい気持ちがいっぱいだ。まさかあいつと喧嘩するなんて。

「違う。別れた」

「振られたのか?」

「はあ!? 違うし! 私が振ったんだし!」

意味解らないこと言わないでと睨まれる。こりゃ相当おかんむりだな。マジで何があったんだよ、俺が見ないうちに。怒りの大噴火を宥めつつ訳を聞いてみる。俺の低姿勢に次第に落ち着きを見せ、冷たく吐き捨てた。

「浮気してた」

「誰が」

「あいつが」

「誰と」

「同じ学年の女子と。聞いたら『君は僕が居なくてもやっていけるけど彼女は僕が居てあげなきゃダメなんだ』だって」

元彼にそう言われる場面がまざまざと目に浮かぶ。男の心情が理解できないところでもなかったからこそ、呪詛を吐き続ける彼女に苦笑しか返せなかった。言うとおり彼女は簡単に人を頼るような性格じゃない。必要としても素直にお願いする性格でもない。変な意地を張って受け入れない姿を見せ続けられれば、あの男の性格なら必要されていないんだと受け取ってもおかしくないだろう。

「だから指輪してないのか」

彼女の中指に視線を落とせば、彼女もそれに倣う。俺がアーティック校を出るまではその指に銀色が走っていた。学生の手が届く範囲で買ったであろう指輪。それは彼女が彼氏に買ってもらったんだと嬉しそうに話していたから覚えている。思い出したかのように「ああ」と言って制服のポケットを漁る。取り出した物は銀色の安っぽい指輪だった。電気の光を受けて、海を連想させる深い青色の石がちらちらと煌めく。見つめながら唸る彼女はやがて飽きたかのように俺に放り投げる。急に投げるなよ! そう思いながらもなんとかキャッチすると、平坦な声で言った。

「あげる」

「あげるって言ったってなあ。俺は指輪なんてしないし。第一これ、名前のためのもんだろ?」

「あいつの物なんか要らない」

「おいおい……」

「まじでむかつく! いい人ぶってるけど二股したクソ野郎でしょあんなの。なにが『僕じゃ力不足』だよ、だからいつまでも私に勝てないんでしょ腰抜け。だいたいこっちと別れてから他と付き合えっての」

「カリカリすんなよ、デュエルするか?」

「そんな気分じゃない」

迷わず切り捨て足を組む。太腿の上で頬杖を突きながら憤然の表情で虚空を睨んだ。傍で見ている俺はデッキ調整に戻るか決めあぐねていた。一度爆発したらしばらくは尾を引く。相手していても時間だけが過ぎる。なら放っといて調整に勤しむとしよう。椅子を回し机に向き直る。するといつ現れていたのか、ルビーがちょこんと鎮座していた。丸い赤眼が俺を映して小さく鳴く。後ろの火山をこれ以上噴火させないようにとルビーに顔を近づけ耳打ちする。

「彼氏に二股掛けられてたんだよ。それでああなんだ」

言うと、ルビーは納得して返事する。俺の肩に飛び乗り、未だベッドに腰掛けてどこぞの空間に怒りをぶつけている彼女を見る。呆れたように首を振って消えてしまった。あの状態じゃ手に負えないと判断したんだろう。度々アドバイスをくれるアメジストキャットやルビーすら匙を投げたなら下手に動かないのが懸命だ。そっとしとこうと机に向き直れば、背後で気配が動いた。振り返るとベッドから立ち上がってスカートの皺を伸ばしていた。

「一旦戻る」

「デュエル二回な」

「はあ?」

信じられないと見られるが、言葉を撤回しないのを見て眼差しに険悪が滲み出す。睨めつけられてもこれが泊まらせる対価だと言えば、ついに折れたのか「負けても知らないから」と憎まれ口を叩いて部屋から出て行った。一時とは言え部屋に静けさが戻ってきて肩がすとんと落ちる。知らず知らずのうちに彼女のぴりぴりした空気に当てられていたようだ。昔馴染みとはいえやっぱり慣れねえなあ。手元に視線を移す。

「これ、どうするべきかな……」

手持ち無沙汰を紛らわせるように、それを親指と人差し指で挟んで転がしてみる。あいつの好きな色って青じゃないよな。知らなかったのか? 不思議に思ったがまあいいや。処分の行方を決めあぐねる俺の肩にルビーが姿を現す。耳元で鳴かれた言葉に気持ちが固まった。

「別れたんだしどうしようが勝手だよな」

指輪を手のひらに隠してポケットに突っ込んだ。名前自身これを不要としている。大した額にはならないと思うが売っぱらってあいつの好きなもんでも買ってあげよう。そうだな、エメラルドの石が埋め込まれた指輪なんていいかもしれない。

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