時計のアラームが鳴る。自身の執務室にそれがこだまし、そこでパソコンから面を上げた。時刻は零時ちょうどを指していた。そこでようやく今日が訪れたことを知る。
「もうそんな時間か」
起動しているパソコンを終了させ閉じる。一回転する椅子から立ち上がると視界には夜景が飛び込んできた。高層ビルから見下ろす建物には、見慣れてはいるもののやはりいくつか明かりが点っている。この明かりの分だけ残業している社員が居るのだろう。定時までに終わらせないとはなんと愚鈍な。そろそろ磯野が来る頃合いか。そんな時だった。コートのポケットに入れていた携帯が震える。
「相変わらず律儀なことだ」
取らずとも解る。振動は二回で止み、それが着信ではなくメールの受信であることを知った。今年は文面のみか。ポケットに手を入れ携帯を出す。考えていたとおりの人物からであった。受信履歴から最新のものを開く。件名に記入はなく、本文に簡潔的にまとめられてあった。たった「誕生日おめでとう、瀬人」という一文ではあるが、それを彼女は律儀にも毎年日付が変わる丁度に送ってくる。確か今はイギリスに居ると言っていたな。向こうはまだ午後か。
「フン」
あいつがただの善意を押し付けてくることはない。このメールとて、ただの口実でしかないのだ。メールを閉じて数字が並んだパネルを表示させる。数字を思い出す間もなく指は勝手に数字をタップしていく。そして耳元に宛てがうと聞き慣れた呼び出し音が鳴り始めた。海外へ繋げるのだから当然音は国内のものとは異なるわけで。だが何度目になるんだろうか、この一連のやり取りは。しばらくの沈黙は、向こうが応答したことで終わりを告げた。
『瀬人?』
俺の名を呼ぶ名前の姿がまざまざと目に浮かぶ。されど一年、たかが一年だ。一年ぽっちで顔を忘れてやるほど浅い関係ではない。が、やはり彼女の声はこの耳によく馴染むようだ。それこそ全身を包む倦怠感を一瞬にして払拭するほどに。
2021.10.25.HappyBirthday.