つくづく「海馬コーポレーション」という会社は留まるところを知らないなと実感する。真昼の太陽にも引けを取らない輝きを放つシャンデリア。それには雫のようなダイヤモンドが垂らされ、披露宴会場を上品かつ豪華に照らしあげる。何百人もの株主や投資者が談笑に花を咲かせるその隅で、誰の目にも止まらぬようひっそりと肩を落とした。

「疲れるー……」

凝った肩を解すように首を横へ倒せば、骨の重たい音が鳴る。良くない方法だと知っていても、こうも楽になると解っていれば止められないものだ。シャンデリアのせいで目が若干痛くなってきたような気もする。だけど主催者に席を外すなと念押しされたので、いつものようにこっそり抜け出すことはできないのだ。だからこそ息苦しいし疲れてきた。主に顔が。今日は海馬コーポレーション現社長である瀬人が、株主や投資者たちに新しい企画をプレゼンする日。長年の研究が発表されるという超大事な日なのだ。しかもその研究の代表者が私なのだから尚更胃が痛いし、緊張が解れない。自信はある。だけど大勢の前で意見を述べることはたとえ何度積み重ねても慣れないもの。不得手なことは死ぬまで不得手なまま。

「瀬人がやってくれればいいのに」

今日という日のために作られた料理の数々に視線を滑らせ、我が社の社長を探した。すぐに見つかる。綺麗に着飾った人の渦に囲まれていても、やはりと言うか、瀬人の姿は簡単に見つけられてしまう。私の視線が吸い寄せられてしまうのかもしれない。羊頭狗肉な人では却って彼を引き立たせる土台にしかならない。それはさながら月明かりに導かれる蛾だ。瀬人が持つ狂わしいほど強靭な意志と、他者を掴んで離さないその眼差し。そして誰よりも高みを見据えて持ち上げる逞しい腕力。それは並大抵の生き方では到底培えない代物。瀬人だけに備わり、瀬人だけに与えられた才能。

「天才は往々にして努力を惜しまないなんて言うけど、あの域には努力なんかじゃ辿り着けないよねぇ……」

うっとりするような、それでいて哀れみすら滲み出てしまう感嘆だった。実際そうだ。彼は唯一無二でありながら、それに縛られて揺るがない。言い換えれば逃げられないのだ。振り払えない才能。天賦の才能は彼をどこまでも人から引き離し、孤独へ追いやってしまうのか。そんな瀬人が立つ視点からは一体何が見えるんだろう。そう思うことが日に日に増してくるが、ついぞ口にしたことはない。何が見えるのなんて、そんな好奇心は彼の厳しさによって切り捨てられるのが目に見えている。欲しいものは奪え。知識も、金も、地位も名誉も、何もかもすべて。飢えることに慣れてしまった時、それは死ぬのだといつの日か彼は言った。毅然と言い切った彼の足元に数多の屍を見た。それでも揺るがないのだから、その貪欲さには脱帽する半面怖いとすら感じてしまう。

「名前」

ぼうっと意味もなく会場を眺めている視界に瀬人の顔が映り込む。見慣れた仏頂面に意識が引き戻され、壁に預けていた背中を浮かせると、手に持っていたグラスのシャンパンが綺麗な波を打った。真珠の泡は縁まで波及し、やがて波に呑まれた。

「どうしたの?」

「時間だ、行くぞ」

「はいはーい」

翻された踵を追って駆ける。シャンパンはすれ違ったボーイに渡し、軽く会釈する。緊張もなく淀みもないその足取りは力強くて、一歩を踏み締めるごとに胃を縛り上げる不安や緊張が引き剥がされていくようだった。瀬人は私よりまだまだ歳下であるにも関わらず、佇まいは完全に王者の貫禄のそれだ。彼に目をつけられたら逃げられるわけないとつくづく実感する。だって格好の餌を前にした獅子のような目を前にしては、どんな強者もみな平等に草食動物に成り下がってしまう。進んで献上したくなってしまうのだ。そうさせるものを才能と私は呼び、尊敬している。だって彼の貪欲さが私の研究意欲に火をつけたんだもの。沢山の人混みを掻き分け壇を目指す。その時、耳に草食動物の同情が飛び込んできた。

「なんと厚顔無恥な。社長だからとああも威張っているなんて」

「聞けば海馬社長はまだ現役の高校生とか」

「分不相応な位は子供を付け上がらせるだけよ」

「全く。会社はおもちゃじゃないと理解していればいいんですがね」

気を緩めれば嘲笑が漏れてしまうところだ。一瞥したら偶然にもその草食動物たちと視線がかち合ってしまい、聞かれたかもしれないと危惧したそいつらは努めて愛想の良い笑みを貼り付け、逃げるように人混みに隠れてしまった。心からそう思うならそっちこそもっと堂々としていればいいのに。それができないのはただの見栄っ張りか、根性無しのどちらか。ずらした視線を元に戻す。その先には瀬人の背中があり、耳に届くのは彼の足音だけ。やっぱり淀みはない。それが解った時、身悶える嬉しさが込み上げてきた。これでいい、これでこそ海馬瀬人という天才だ。腹を空かせた獅子は餌に心を砕かない。そうであるように、瀬人も一介の者などに視線を向けてはいけない。所詮そういう奴らは彼を理解できる器ではないのだから。だけどね、瀬人。私は違うよ。貴方が望まなくても私は貴方の理解者であれるし、貴方の見据えるその高さまで食らいついていくよ。その度胸も器も才もある。ひとりの天才は周囲を渦へ引きずり込み、そして吸収していくのだ。その腹の中で虎視眈眈と食い破ろうとする害虫に気づくこともないまま。

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