その子はひとりで泣いていた。教室の隅、自分の席に座っている彼女は、誰も居ない教室で静かな落涙を許していた。いや、誰も居ないから泣いているのか。彼女は扉越しにそちらへ視線を送る僕の存在を視認していない。僕は、このままひとりで泣かせてあげるべきか、僕の存在を知らせてやるべきか決めあぐねていた。城之内くんなら無粋にもこの扉を開けることだろうが、僕のその無神経、もとい大胆さはない。窓辺のカーテンが風に揺れる。大きく舞い上がったカーテンは、細々と泣く彼女を宥めるように見えた。誰かの手に成り代わって頬を撫でる。彼女はその布を拒む素振りもせず、ただ受け入れていた。透明な細いその糸は、斜陽の橙色に照らし出されその赤さは、暖かみを通り越して血色にさえ見える。何か言うでもなければ動くことも無い僕の耳に、そこでようやく咽ぶ声が聞こえてきた。耐えきれずにあげた甲高い声。唇を噛み締め、機械的に涙を流していた先程の姿よりも今の方が余程人間らしい。その瞬間に感じていたことの言語化はできないが、彼女が顰蹙するとほぼ同時に扉は開けられていた。沈黙に響く大きな音に無防備な彼女の肩が兎のように跳ねる。僕を見る双眸は涙によって輝いていて、溢れ出る感情によって不安定に揺れていた。いつもの毅然として明るい彼女からでは到底結び付けられない姿。その自覚はあったのだろう、「御伽くん」と口にする名前に取り繕いの張りを感じ取れる。平生であろうとする姿勢に待ったをかけるように、僕は彼女にそっとハンカチを差し出す。それを全身で不思議がる彼女。ぱちぱち、と目を瞬かせれば真珠の涙が溢れることをやめ、目を縁どる長い眦に浮かぶ。
「泣きたい時は泣けばいいよ。僕が居るから」
君の涙を君自身でもなく、隣にあるカーテンでもなく、僕に拭わせてほしいと。誰も知らない素顔に触れたことで、少しだけ君へ心を砕いてもいいと。初めて思えたんだ。前髪に表情を隠してしまったが、差し出したハンカチにその子はゆっくり指を置く。