自分は、死ぬまで欲しいものが手に入らないだろうと思っていた。諦めとか、暗示とかそういうのじゃなくて、その考えを持った時、不思議と全身に馴染んでいったのだ。多分これを得心と言うのだろう。芽吹く隙も与えずにひっそりと殺した。
「好きです、僕と付き合ってくれませんか?」
昼下がりの喫茶店はやはり賑わっていた。恋愛談義に花を咲かせる女性たち、お互いの近況報告を零すように話すカップルなど、もしかしたら傍から見れば私たちの様子も恋人のそれに見えるのだろうか。店員に運ばれたココアは私の口に合うように甘くされていて、それに犯された脳は、彼が打ち明けた告白をたっぷり二分遅れで咀嚼した。顔、真っ赤だ。
「急だね」
「ずっと言おうと思ってたんだけど、言う機会が解らなくて。でもずっとこのままはダメだと思ったんだ」
つい先程の火を噴くと思わせる赤面は何処かへ、言葉尻まで強い意志を感じた。遊戯ってばいつもここぞって時の度胸が凄いよね。大きな瞳に見つめられながら、手に持っていたカップをソーサーに置く。肩がやけに身体に密着しているのは緊張の表れだろうか。なんて言えばいいのだろう。断る、受け入れる、そんな話じゃない。嬉しくないかと聞かれて嬉しくないと答えるほど疎ましいものじゃなく、けれども可愛らしく首を縦に振れるほど素直でもなかった。気持ちの言語化というのは、私は昔から一番苦手としていたもの。私の心に植えてあった幸せに憧れる純心は、とっくに摘み取ってしまった。縹渺とした荒野に今更それは芽吹かないだろう。縦しんば植えたとして、それはあまりにも無様に枯れるだけだ。見るのも耐え難いほどに。はあ、と溜息を落とすままに項垂れる。カップに入ったココアに映る自分の顔のなんと情けないことか。
「私、きっとすごく重いよ」
束縛も独占も酷いもん。仕事以外で女性と会うの嫌だし、電話だって一日最低二回はしたいし、どこか行くなら場所教えてほしいし。あ、仕事ならいいよって言ったけど、仕事場でベタベタするのも嫌。話していくうちに自分の中に溜まっていたガスが抜けていくのが解る。撤回するだろうな、そう思いながら言い終えてココアを飲んだ。自分で言っておいてなんだが、顔、上げづらい。息苦しい沈黙を破ったのは、遊戯のいつもと変わらない声音だった。
「じゃあ悲しませないように気を付けるよ」
「え?」
私の頭の中にある理性を司る導線が、遊戯の放った予想を裏切る言葉によって音を立てずに切れた。目を瞬かせる私は遊戯の瞳に遠慮や怯みがないことを悟る。それは彼の純心たる気持ちだったのだと、緩慢と理解した。決して実ることの無い幸福だと諦めて潰したそれの、ゆるゆるとけれども確かな鼓動を、私の心臓が聞き届けた。こんな自分でも幸せになれるかもしれないと、差し出された幸福の一部を静かに受け入れた。