布が擦れる音で目が覚めた。重たい瞼と腕を持ち上げて目を掻く。んん、と無意識に漏れた声で相手も私の起床に気付いたようだ。隣の彼は私に笑顔を向けた。

「おはよう」

「はよ、ゆうぎ」

「あっ」

船を漕ぐ私へ不意に手が伸ばされた。眠気が覚めやらぬ思考回路でされるがままで居れば、彼の指が口の端に触れる。撫ぜるように這うそれは一瞬の出来事でしかなく、どうしたの、なんて口にする前に離れていってしまった。ぽやんと呆ける私に彼がイタズラじみた笑みを浮かべる。

「髪、着いてたから」

「ありふぁと」

「眠い?」

「んー」

「もう少し寝てなよ。朝ご飯の準備できたら起こしに来るから」

その時、自分の髪が柔らかくへこんだ。春の温かなそよ風のように軽く撫でた彼の手は、またしてもすぐに去っていってしまう。鼻をくすぐる大好きな香りも部屋に溶けてしまって、胸の中で溜まっていく冷たい感情が脳を叩き起こす。離してほしくないなんて思うのいつぶりだろう。やっぱ好きだなぁ。くすぐられるようにこそばゆい気持ちになって、堪らず笑みがこぼれてしまった。

「遊戯」

「なに?」

「誕生日おめでと。そして私を彼女にしてくれてありがとう。これからもよろしくね」

高校で出逢い、今では毎朝彼に「行ってらっしゃい」と見送っている。今日になるまでほんとうに色んな驚天動地があったけど、そのたびに遊戯に対する気持ちは、さながら旱魃した土地から湧き出る水のように限界を知ることなく溢れていくばかり。できることならこの先も一緒に居たい、そう思っている。私の言葉を聞いた遊戯は、神妙な面持ちをした。何か変なこと言っただろうかと一抹の不安が胸に点った。眠気なんていつしか跡形もなく掻き消されていた。

「いつか話そうと思っていたことなんだけど、聞いてくれるかな」

「もちろん」

「また改めてちゃんと言うつもりだけど先に言うね。僕は果たしたい夢とやりたいことがあるっていうのは言ったよね?」

「うん」

「実現にはまだまだ程遠いけど、それでも諦めるつもりはないんだ。それでね、君が良ければなんだけど、その長途には君に居て欲しいと思ってる」

「それってつまり」

「うん。僕と結婚してください」

いつもの癖で笑ってしまうところだった。喉元まで込み上げるわけの解らない感情を飲み込んで、必死に頭を回転させる。でも、そんなことはただの逃げでしかないことくらい理解していた。私を見据える彼の眼差しは真っ直ぐで、そこには言葉にした気持ち以外のものはなかった。遊戯が冗談を言う人でないことくらい、冷静になれば解るものなのに。

「で、でも! 僕、まだ成功してないから当分は婚約ってなるんだけど、どうかな」

どうかなんて聞くまでもない。迷う余裕もない。狼狽する彼に堪らず抱き着いた。

「喜んで!」

あまりの嬉しさに、耐えていたものが眦から雨垂れのように零れ、窓をなぞる雫のように頬を伝う。今日は遊戯の誕生日なのに私が貰ってしまってもいいのだろうか。ありがとう、その言葉に表しても表しきれない幸せ。ほんとは私があげるつもりだったのに。ぴったりとくっついているせいか、布越しであっても彼の鼓動が私の肌を打つ。見た目とは裏腹に、力強い鼓動。私はこの先も彼の傍で、彼に手を伸ばせる範囲で支えていきたい。遊戯、あなたにとっても幸福満ちる一年でありますように。


2021.06.04.HappyBirthday.


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