僕のクラスには誰とも話さない、それゆえに「高嶺の華」と呼ばれる女の子が居る。僕もその子の声を聞いたことはない。先生とも話さないし、何も言わない。だからと言って気にする素振りもないために、誰にも興味ないのかななんて思ってたから話しかけられた時は、反応が遅れてしまった。
「聞いてる?」
「えっ! あっ、うん、えっと、何かな?」
「教科書忘れたから見せて欲しいって言ったんだけど」
「うん、いいよ」
「ありがと」
言って、彼女は机を動かしてくっつけた。机上の教科書を境界線を越して開く。彼女は再び唇を引き締めて教科書に視線を落とした。僕はと言えば、未だに愕然として目線を動かせずに居た。緩慢ながらも授業に意識を戻す。は、初めて聞いたよ彼女の声。驚きが大きくてやっぱり集中できない。石のように固まっても時間は進んでいき、やがて授業が終わった。解き放たれた教室は瞬く間に雑多の賑わいに呑まれ、もはやそこには授業中の物々しい静寂は残っていなかった。かく言う僕は、その喧騒によって授業が終わったことを知らされる。弾かれたように視線をあげれば、机はとっくに切り離され、彼女は読書に目を向けていた。話すタイミングを失ってしまったと落胆する。滅多にない機会ともあって名残惜しさは尽きない。なんて言って話しかけようか迷う。こういう時杏子なら率先して話に行くんだろうな。話術に肖りたいと思ったのは初めてだ。ドキマギする僕はとっくに彼女の醸し出す、閉鎖的な雰囲気に魅了されていたのだった。