黒い、すべてが黒い。頭から被せられるベールも全身を覆うドレスも、床に広がるドレスの裾も余すところなく全部が真っ黒。だけど手に持っている花束は血で塗られたかのように深い赤の薔薇だった。誰がどう見てもこの格好は結婚式に相応しくないと断定するだろう。かく言う当事者の私とて、この格好がウェディングドレスだと微塵も思っちゃいない。喪服とさえ呼べるこの格好で、冷たい月明かりが天井のステンドグラスから射し込む無機質な教会に立っている私は、傍から見ればホラー以外の何者でもない。教壇のそこには牧師の姿もなく、佇む自分の隣に伴侶となる男性の姿もない。聖母マリアの柔らかな微笑みだけが私を祝福する。音ひとつない教会に私は立たされ、どれだけの時間が経つのだろう。マリア像の背後に埋め込まれたステンドグラスの花たちが、その色をいっそう際立たせる。私はいつまでここに居るのか、居なければならないのか、私の伴侶はどこに居るのか、誰なのか。そして、何故私はここに居るのか。現実感なんて到底感じえなく、さながら他人事を盗み見ている感覚でしかなかった。ふと、静寂な教会に靴音が混ざり込む。いつの間に、そう思った。その音はゆったりとこちらに歩み寄って来る。こつん、こつん。箱に閉じ込められたように静かだった鼓膜は、その音をより鮮明に拾い、頭の中に響かせてくる。もはや自分の意識は後ろから迫ってくる音に占領されていた。こつん。音は隣で止んだ。見るべきか、見ないべきか。そこに居るのは誰なのか。解らないというのに、依然として私の脳裏に警鐘は鳴らされない。判断が着く前に身体は動き出していた。花束を胸の前で抱えたまま横に向き直る。赤が滴る薔薇たちから顔をゆっくりと上げていく。顔と思しき輪郭を捉えるも、頭から覆い被さるベールのせいでいまいちその人物の顔を認識できない。人物が動く。両手がベールの端を持ち、恭しく持ち上げられる。ステンドグラスより滑り込む月明かりが、伴侶となるであろうその人の相好を明瞭に照らす。血色の薄い肌、私を見下ろす冷ややかな眦、彼の浮かべる感情と一緒のくらい薄い唇。それはまさに人離れしている出で立ちだった。私は彼を知らない。けれどもその逆も知らない。名も知らぬ伴侶と対面して、私は気づいた。その人も私と同じように真っ黒な格好をしていることを。

×
「#お仕置き」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -