2023/07/22



彼女を初めて見たのは冬の雨の中でだった。傘を差さず、ローブを深く被って電柱から身体半分を出している、変わった女性だと思った。背丈自分の肩程だろうが遠目なので正確性には欠ける。まさにバケツをひっくり返したような雨は長いこと続いているので全身濡れているだろうと思い傘を渡そうと踏み出したと同時に、彼女は一歩下がって電柱の中に消えていった。要らなかっただろうかと思い、踵を返す。爾来、決まって雨の日に彼女を見かけるようになった。出現する場所や時間は様々で対策の仕様もないのだが、不思議なことに彼女は決して全体像を出さず物陰から覗くばかりで、こちらに害を与えることはなかった。そういったことから様子見することにした。月日が流れ、三年に上がった頃。変わらず彼女は雨の日に限って姿を現す。近づこうと思った瞬間に消えるので話すら叶わない。今日も雨だ。何気なしに空を仰いで視線を戻すと全身が凍りついた。物陰に隠れて覗くだけであった彼女が目と鼻の先に立っており、自分を見ているのだ。ローブは鼻先まで覆われて表情は窺えず、服装は全身を覆うゆったりしたもので肌も見えない。警鐘が脳内に鳴り響いた。


「きし、きしししし、ヒッヒヒヒ、ひひヒヒヒ……。貰っていくぞ、オまえのたいセつなモノ……」


調子の外れた笑い声が響き渡る。声は女であった。笑い声は鼓膜を通り抜け全身に波及する。嫌な予感も不快感も全身に広がった。だが、女は声を上げながら下がっていく。地面に着いた裾を持ち上げることなく自分を見たまま後退し、溶けるようにして消えた。呼吸も忘れて見つめていた自分だが、鼓膜を打つ雨音に我に返った。既に女の姿はなく、居た場所はしとどに濡れていて水溜まりもできている。ざあ、ざあ、ざあ。アスファルトを叩く雨の矢が警鐘を上書きしていき肩の力も緩めていく。視界の端に花を捉えた。紫の花。居心地が悪くなり足早に立ち去る。今日は卒業して初めての公式戦だ。

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