2022/08/22
「真夜中島」なるものは、私の幼い好奇心を大いに掻き立て、爾来、それに魅了され続けてきた。大海原にぽつんと存在する孤島であり、それは名前のとおり真夜中にしか浮かび上がらない。昼間は海の底に沈んでいるらしい。諸説のひとつには、満月の夜に浮かぶことから別名「満月島」とも呼ばれている。他一切知らないのに、私はずっとこの「真夜中島」に惹かれてきた。
「くだらん」
切々と語る初恋を、すげなく一刀のもとに斬り伏せる男に視線を戻した。深夜の色が濃い部屋はぬるくて、滑りの良い肌着一枚で事足りるほどだった。ルーフテラスで見る夜景は雲がかかっていても綺麗だが、リアリズムを地で行く彼には、女の繊細な情緒は到底理解できないといったようである。現に彼は私の初恋を一刀両断し、テラスの縁にかけた私の手を引いて室内に押し込まれてしまった。
「たった数時間で沈む島だと? 貴様には、俺が迷妄を寝物語にする男に見えるのか」
「ロマンの話よ。真夜中島は月がとても美しく見えるそうなの、憧れるのは普通のことじゃない?」
「オカルトに興味はない」
「あなたが話を聞かせろと言ったのに」
「誰が妄想話をしろと言った」
もし真夜中島を見つけるには条件があって、心が純粋な人とか追い求める人にしか現れないとかだったら、目の前の彼にその島を見ることは一生叶わないだろう。かく言う私にさえ姿を現してくれるのかは甚だ疑問だが。
「もういい」
嘆息混じりに呆れを示した彼の手で、立っていた私の身体はベッドへ沈んだ。間接照明がベッドの足元で小暗く光っており、弱々しく脈打つ様は蛍を想起させる。柔らかなオレンジ色が、私に覆い被さる彼の肌に淡く乗り、男らしくない綺麗な肌が明々に映える。私の両手を容易く頭上で一括りにするところは、やはり男を思い知らされる。纏っていた薄い肌着が彼の手によってするすると滑り落ちる。獲物に食いつかんと眼光は鋭利に、けれど扱う手つきは優しく。二律背反の言葉が脳裏を過ぎる。今だけだからなのか、彼に備わる元の性格なのか。そんなことは知らないけど、彼も私のことなんてひとつも知らないんだろう。名前と身体の相性のみ明らかな歪な関係。どうせこれも夜だけの関係。