かぜぴき日向創

 彼はいつだって唐突で、いつだって常識外れだ。って、日向くんは言ってました。唐突で常識のない彼に疲れ切った日向くんは、ついに熱を出しました。いつも健康な日向くんを疲れさせて病気にした狛枝くんはとても悪い人だ。狛枝くんのせいじゃないとは思うけど。

「悪い」
「いいよ、別に。同期生だし」
「そっか。…あ、水取ってくれるか?」
「うん」

 コテージのベッドに潜り込んでいる日向くんの顔は真っ赤で、目もうつろ。本当に、いつもの日向くんからは想像のつかない萎れた状態。面倒は罪木ちゃんが見るって話だったけど、日向くんが殺されたくないからと断ったとか。過去に何かあったのだろうか? ……なんにせよ、それでは日向くんが何も出来ないだろうと急遽派遣されたのが私なわけで。
 日向くんならどんな病気でも自分の身の回りの世話くらいは出来るでしょう、私がいなくても大丈夫だよ。なんて抗議してみても、罪木ちゃんは貴方しかいないんですと泣き、小泉ちゃんは申し訳なさそうに謝り、狛枝くんはお得意のネガティヴを発揮して私に世話を押し付けた。

「うわ!」

 ぼけ、とただただ日向くんの眠るベッドの近くで時間が過ぎるのを待っていると、日向くんは突然悲鳴をあげた。何事かとそちらを見てみると、日向くんはコップに入った水を何故か布団に飲ませていた。

「…何やってるの?」
「ちょっと噎せてさ。驚かせて悪いな」
「布団びしゃびしゃだけど」
「あはは」

 空になったコップを片手に、びしゃびしゃの布団を見下ろして眉をひそめる日向くん。どうしたものかと困っているのだろうが、それは私も同じだ。
 困りながらもその布団を剥いで、シーツが濡れてない事を確認。水は布団が全部飲んだらしい。日向くんの片手のコップを机に置いて、布団をシャワールームの物干し竿にかけてみる。日向くんが申し訳なさそうな顔をしていたのを横目に、日向くんのコテージを出て自分のコテージから布団を持って帰ってくる。

「布団が乾くまでこれ使ってて」
「え? ありがとう…予備があったのか」
「私のコテージのやつだけど、この時期に布団とかいらないから」
「そっか…ありがとな」

 私から布団を受け取った日向くんは、更に申し訳なさそうな顔をして布団をかぶる。私だって私なんかの布団を使わせるのは申し訳ない。修学旅行に来てから一度も使ってないし、汚くはないと思うけど。
 また、ベッドの近くに腰を下ろして時間が過ぎるのを待つ。今日は私以外の人はみんな採取の予定が入ってたとか。日向くんは明日からまた労働させられるんだろうな、と考える。病み上がりだけど、日向くんなら割り振られた仕事はきちんとこなすだろう。

「……なあ」
「なあに?」
「この布団、お前の匂いがする」
「……は?」

 素直に声を出してみれば、日向くんは焦ったようにゴメンと謝った。いいや、謝る必要はないのだけれども。私の匂いがするのは仕方がない。私が過ごしている場所でずっと保管されていたのだから、多少は部屋の匂いもうつるはずだ。

「くさい?」
「臭くなんかない! いい匂いだと思うぞ」
「へえ」

 またもや日向くんは失敗したというようにゴメンと謝る。謝らなくてもいいのに。褒めてもらえたのかはわからないけれど、悪い気はしないから。日向くんは口元まで布団を引き上げて天井を見上げている。顔が真っ赤で、おでこに貼られた熱冷ましのシートが気持ち良さそう。

「日向くん、大丈夫?」
「ああ……うん。なんとかな」
「喋るの、辛い?」
「……それはない。むしろ気が紛れるかな」
「じゃあ、お話してもいい?」
「頼む」

 日向くんから許可をもらったことだし、少しお話を試みてみようと思う。何を話そうか。と、思いついた話題を片っ端から振っていると、なんだか盛り上がってしまった。日向くんも、熱も引いたのかと思うほど楽しそうに会話をしてくれたから止まらなくなってしまった。
 しばらく話をしていると、日向くんはぴたっと口を閉じる。どうしたのかと聞いてみると、日向くんは少し照れ臭そうに笑った。

「ありがとな、丼田」
「え?」
「あ、いや……なんとなく」

 さっ、と壁を向いてしまった日向くんに疑問符を浮かべながら近付いてみる。意味もなく感謝をされると何に対しての感謝なのか、気になってしまうじゃないか。日向くん、と声をかけていると、こちらを向いた日向くんがのそのそと上半身を起こして私を見た。

「なんていうか……わがまま言ったのに聞いてくれてありがとな」
「わがまま?」
「休みなのに無理やり俺の世話押し付けたりして。ごめんな」
「ううん」

 最初に呼ばれた時は何事かと思ったけれど、1人だけ休みをもらっても困るだけだった。最初は日向くんのお世話なんて私に務まるわけがないと反対していたけど、休みを有意義に使えたと言えばそうなる。

「あと、布団も話し相手も」
「いいよ。気にしなくても」
「ちょっと、いや……かなり嬉しかったんだよ」

 日向くんはこう言う。この島に来てから頼られる事が多くて、誰かに甘えたりする事をしていなかったからさ、お前が居てくれて優しくしてくれて嬉しかった。
 私で務まるか、と心配していた日向くんのお世話係はどうやら大成功だった様子。日向くんから花丸をもらい、更に褒めてもらって大満足といった感じだ。

「お前って大勢でいるとあんまり喋らないし、どんなヤツなんだろうって気になってたんだ」
「……どんなヤツだった?」
「優しくて頼りになる、笑顔の可愛い子」

 にっこりと笑ってそういった日向くん。なんだかこそばゆい感覚に顔を背けると、あははと笑う声が聞こえた。からかっていたのだろうか、でもそれでもいいか。すこし嬉しかった。
 日向くんはベッドから起き上がると、机の上にあった体温計をぱくりと咥えてベッドに背を預けて座り込む。私の方を見てにこにこと微笑む日向くんを見つめていると、日向くんの熱で温められた手のひらが私の頭を撫でる。
 ぴぴ、と電子音がして日向くんが体温計を見ている。どうやら熱は下がったようだ。たった半日私と話していたけれど、ずっと安静にしていたおかげだろう。

「んんーっ……」

 日向くんは立ち上がって1つ伸びをする。

「おかげで熱が下がった。ありがと、丼田」
「ううん。日向くんの回復力のおかげだと思う」
「あはは、なんだそれ」

 部屋の時計を見た日向くんは、もうすぐ夕飯だなあと零し、コテージの扉を開ける。橙がかった空を見て、かなりの時間ここに居たんだと知る。
 コップやおぼんを持って外に出ると、丁度向かいのコテージから左右田くんも出てきて、私と日向くんに気付くとよお、と手を挙げて笑いかけてくれた。風邪治ったのか? 日向も丼田も飯全部食われる前に来いよ、なんて言いながら歩いていく左右田くんを見送って、私たちも行こうかと日向くんに声をかけ、私たちはホテルへと歩を進めた。


(34.恋する)



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