性欲の強い日向創と教師

主=希望ヶ峰学園教師



 最近、気になる生徒がいる。彼の名前は【日向創】。クラスメイトほぼ全員から便りにされている、もはやクラスの域を超えて他学年の生徒にまで便りにされていると言っても過言ではない。彼は人の話を聞くのがとても上手だ。話していて“もっと話したい”と思わせる力を持っている。また、話すのも得意らしい。彼の言葉は叱咤、励まし、慰め、どんなものであろうと無遠慮に心に入り込んでくるのだ。
 私が日向くんについて知っていることは、頼りになって優しくて男らしい、ということ。

「あ、丼田先生」
「はい?」

 昼休み、校内の見回りをしていた私を呼び止めた人物はちょうど、私の脳内で話題に挙がっていた日向くんだ。片手にはパンと財布。どうやら購買まで行っていたよう。食堂で昼食を購入したのだろうか、この学校には食堂があるのにそんな生徒は珍しい。

「丼田先生、見回りですか?」
「うん。悪いことしちゃダメだよ」
「そんな、しないですよ」
「それは関心」

 じゃあね、と日向くんから離れようとした私を引き止める日向くん。何か話があったのだろうか。そうだとしたらさっさと立ち去ろうとして申し訳なかったな。

「どうしたの?」
「丼田先生、昼一緒にどうですか?」
「うーん…」
「周りの目が嫌なら俺の部屋とか」
「いや、そっちのほうが」

 うーんと悩んで、「じゃあ先生は食べなくていいから一緒にいてください」とにっこり。見回りという仕事があるんだけど、と言いかけると、相談に乗ってくださいとまたにっこり。



「で…どうしたの?」
「いや、どうもしてないけど話したかったんだよ。ダメか?」
「ダメではないけど…」

 プールに連れ込まれて、何をするのかと思えば呑気にパンを食べだした日向くん。敬語も崩れて完全にタメ口になってしまっている。それにしても人がいない、授業ではない限り流石にお昼どきに泳ぎに来る子はいないようだ。
 もぐもぐ、と隣で日向くんが食事をする音だけが聞こえる。一体、なんだというのだろう。教師として生徒を無視することもできずついてきたものの、目的がわからないままだ。

「日向くん? プールに用があったの?」
「丼田先生もここだと人目とか気にしなくていいだろ?」
「うーん…」
「あ、そうそう、話があったんだよ。聞いてくれ」

 パンの入っていた袋を綺麗に畳んでポケットにつっこんだ日向くんは、私の真正面に移動し座り込む。真剣な目ではない、かといって笑っている様子もない。噂に聞く男らしく頼もしい瞳であるものの、感情までは読み取れない。

「俺、丼田先生のことが好きなんだ」
「……は?」
「好きなんだよ。入学式の時からずっと」
「う、うーん…日向くん、4月はもう終わったよ」
「嘘じゃないって」
「先生、冗談とかあんまり好きじゃないな」
「本当だって。証拠も出せるし」
「証拠?」

 うんうん、と日向くんは自信有りげに頷くと、ぐいっと近付いてくる。私の腕を掴んで顔を寄せて、唇を重ねる。

「……日向くん、冗談は好きじゃないって言ったでしょ?」
「聞いてた。だからしたんだ」
「したって」
「キス」
「そうじゃなくて」
「ファーストキスなんだ」
「そうでもなくて」
「丼田先生、彼氏いないんだろ?」
「あのね、」
「俺じゃダメか?」
「日向くん、」
「俺、少しは丼田先生を幸せにする自信があるんだ」
「……」

 言葉が途切れ途切れになってしまう、日向くんが喋るからだ。日向くんは男らしくて優しくて、頼りになって、誰にでも好かれる男子生徒だ。この希望ヶ峰学園では希望と呼ばれている。誰にでも好かれて、いい子だと、ほかの教師からもよく聞いている。評判がいい生徒だ。
 のはずなのだが。

「いきなり、なんで?」
「なんでも。……っていうのはダメだよな」
「理由を説明してくれないと困る、私はエスパーじゃないんだから」
「丼田先生って俺以外の男子生徒から人気高いんだよ」
「……そうなの」
「全員丼田先生とセックスしたいって考えてる」
「…………」
「俺だってそうだ。だから誰にも渡したくないんだよ」

 言葉が出てこなかった。男の子だからなのだろうか、それとも日向くんがストレートすぎるだけ? 私の中の日向創という生徒像がボロボロと崩れていく。
 私は、彼にどういった言葉を返してあげると正解なのだろうか。優しく受け流す? 厳しく指導? 冷たく突き放す? それとも、全て受け入れてあげるのが正解?

「…えっと、とりあえず落ち着いて」
「落ち着いてる。ほら」

 日向くんは私の手を引いて自分の左胸に押し当てる。確かに鼓動は正常だが、そういう事ではない。

「日向くん、あなたは生徒でしょ」
「ああ」
「私は教師。この立場でどうするつもり?」
「生徒と教師の交際がダメなんて、校則になかったぞ」
「常識の問題よ。本来、キスだって」
「何言ったって俺は丼田先生のこと諦められない」
「私が教師だって言っても全て受け入れてあげることはできないの」
「じゃあ一人の人間としてならどうなんだよ?」
「ええ?」
「丼田先生じゃなくて、丼田たまことしてなら、俺の事どう思ってるんだ?」
「どう思ってるって、いい生徒よ」
「だから…先生って貞操の危機とか感じないのか?」

 なんだか若干苛ついた様子で私に問いかけてくる。そんな、態度とられたって。私は教師としてしか日向くんを見てきていないし。その前に教師として生徒のそんな感情に押し流されるわけにはいかないし。どうやって逃れるべき? 誰か生徒が入ってくるか、放送で呼び出されるか…。

「俺、丼田先生より力強いと思うけど」
「ええ、そうね」
「だから、無理矢理にでもできるんだよ」
「そうね…」
「で、俺は先生のこと好きだけど、先生は?」
「いい生徒だと思ってる」
「好きってこと?」
「好きよ。一人の生徒としてね」
「俺と付き合う気は?」
「勉強ならね」

 ぐいぐいと必要以上に迫ってくる日向くんから体を遠ざけながら答えていく。日向くんのことは生徒としてしか見ていない、それは本当。勉強に付き合う気があるのも本当。日向くんが生徒として好きなのも本当。日向くんも私も押して引いての繰り返して収拾がつかなくなっている。
 きっと日向くんも飽きている。もう諦めている。きっとそうだ。ここは教師として生徒の願いには答えてあげなければいけない。

「ねえ、日向くん。この話は終わりにしない?」
「ああ、そうだな。先生が答えを出したら」
「そうね。日向くんはそれ以外でどうすればこの話をやめる?」
「じゃあ…先生、服の前開けてくれ。上着だけでいいから」
「はぁ?」

 先生帰りたいんだろ、と付け加えてじーっと私を見る。上着のボタンを外せばこのやりとりは終わりを迎えるらしい。別に全て服を脱げと言われているわけではないのだから、日向くんのためにも言葉のまま一肌脱ぐしかないのだ。
 上着のボタンを開ければ、日向くんは無遠慮にそこに顔を埋めて頬ずりをしてくる。頭の中は疑問符で埋め尽くされた。

「ひっかいほうしてみははったんはよ」
「はぁ……?」
「丼田先生のおっぱいに顔埋めて堪能したかったんだよ」
「…………」
「なあ、もう一回」
「…」
「は〜」

 何が、したいのか?
 さんざん意味不明なやりとりを繰り返した挙句、胸元に頬ずりをされて。日向くんはこれまでに見たことがないほど幸福そうな顔をしている。私は、言葉が出てこなかった。

「満足。なあ、先生、他の奴にこんなことされる前に俺のこと選んでください」
「…」
「俺次の授業移動教室なので、失礼します」

 日向くんは一瞬でいつものきりっとした頼りがいのある男らしい顔に戻って私から離れていく。男子更衣室の扉が閉まる。プールにガタンと音が響くと、私は大きなため息を吐いた。


(02.がっつく)



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