十神白夜くんと逢瀬

 夕方の教室。夕方のはずなのに、昼間とは全く同じ明るさ、同じ色の視界の中で揺れる細くて綺麗な髪。

「知ってる?」
「なんだ」
「午後五時、教室で向かう合う恋人を見たものは不思議な夢を見るって噂」

 私の視界の端で、細長い指がぴたりと止まる。

「…もう少しマシな話を考えろ」
「そんなこと言う?」
「馬鹿馬鹿しいな」

 興味が無さそうで、でもこちらに耳を向けている様子を見ると、バカバカしいと思いながらも私のくだらない話を聞く気はあるんだろう。
 私が不意に考えた作り話。そんな噂なんて誰も知らない。

「十神くんは庶民の低俗な噂話なんて興味ないだろうけど」
「そうだな。全く興味がない」
「……あのさ、もしこの教室に誰かが入ってきたら、その人は奇妙で幸せな夢が見られるんだね」
「……」

 くだらない。そんな感情がダイレクトに伝わって来るくらい、呆れた目をしている。私はそんな目線に怯えるほど、もう若くないから仕方ない。

「それで、なんだ」
「なんだって。見られるんだね?」
「そうだな」

 適当に相槌を打たれてしまった。話を切り上げたいのか、切り替えたいのか。そもそも、こんなくだらない話を聞きたくなければいつもの図書室に行けばいいのに、どうしてわざわざ教室で私と向かい合っているのか。
 天邪鬼すぎる。

「十神くんって私のこと好きでしょ?」
「つまらない事を言うな」
「本音で。好きでしょ?」
「つまらない事を言うな」
「好きって言えば早いのに」

 いつまでたっても天邪鬼なんだから。
 小さな頃から十神くんと過ごして来た私が、十神くんのさりげない好感度アップに気付いてないとでも思っているのか。キボウノカケラなんて一瞬で集まりまくるしパンツだってもう何枚も持ってるくらいだ。
 知ってるのに。十神くんが私がどこにいるかさりげなく探してるのとか、私が部屋に戻ってないとちょっと心配するところとか。
 そんなちっさいことに気付くのなんて、多分私と苗木くんくらいなのに。

「あ、じゃあさ、十神くんの一番好きな人って誰?」
「話題を変えろ」
「……十神くんって誕生日こどもの日だよね」
「それがどうした」

 十神くんはサイコウに気分が悪いらしい。何を切り出しても「ああ」「そうだな」「それがどうした」を基本とした興味のなさそうな相槌を返してくる。

「十神くんって次のクロは誰だと思う?」
「誰だってありえる。お前じゃないのか」
「私が誰を殺すって?」
「今の生き残りから言えば、腐川あたりか」
「え? なんでよ。ひどくない?」

 十神くんをあんなに崇拝してくれている人を、私が殺すというのか。
 そんな根拠どこにも無いのに。

「知ってるでしょ? 腐川ちゃんと仲良しなの」
「本音から仲良くしているとは言ってないないな」
「はあ〜仲良しなのが仮初だって言うの」
「逆に、仲が良ければその分隙が生じるという事だ」

 十神くんは仲良し同士でコロシアイをさせるのが趣味なのだろうか。

「この間の裁判の結果が不二咲ちゃんと大和田くんだったから?」
「お前も、過去のトラウマを抉られることがあるんじゃないのか」
「腐川ちゃんに〜? ないと思うけど」
「そうか? 人間どんな軽はずみな気持ちで殺人をするかわからんぞ」
「白夜様は今日も人とは違った立ち位置ですね」

 軽く悪態を付きながら椅子から立ち上がる。それを小さく瞳を動かして確認すると、十神くんも立ち上がった。もうここには用はないと言いたげに教室を出ていこうとする。

「十神くんさ、なんで教室に来たの?」
「その質問をして俺になんの得がある」
「やっぱり私のこと探してたんでしょ?」
「自惚れるのもいい加減にしろ」

 それだけ言い残した十神くんは静かに教室を出て行く。
 それを見送った私はひとつだけ伸びをして、小さく鳴ったお腹の虫に従うように、寄宿舎へと向かった。


(49.ほのめかす)



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